「ふつつか」って何のこと?|映画『国宝』にも出てくる「ふつつか」は結婚のあいさつ以外でも使います

気になることば

「ふつつか」は結婚のあいさつ専用ではありません

ドラマを見ていると、「ふつつかな娘ではございますが」という嫁ぎ先へのあいさつのシーンを目にしたりしますよね。でも、「ふつつか」は結婚のシーンだけで用いられるわけではありません。

映画『国宝』でも、喜久雄が花井半二郎宅にお世話になるときに、まだ15歳なのに「ふつつか者ではございますが」と行儀よくあいさつするシーンが出てきます。

意外にネット上でも自分のことを「ふつつか者」と形容したりして、現代でもよく使われている印象がありますが、さて、この「ふつつか」とはどんな意味なんでしょうか。

「ふつつか」は「太い束」のこと

ふつかは「不束」と書きますが、もともとは「太束(ふとつか)」だったようです。文字どおり「太い束(たば)」のことで、「太くて丈夫」なことだったんですね。元来は特に悪い意味ではなかったんです。

ところが平安時代になると価値観が変わって、細いものや繊細なものが「美」とされるようになりました。そのため、丈夫でしっかりしていることは「不格好だ」とか「野暮ったい」と評されるようになったんですね。

このように否定的な意味になったため、漢字も「不」を用いて、「不十分なさま」や「行き届かないさま」という現代の意味の「不束(ふつつか)」が定着したようです。

ふつつか:不十分なさま/行き届かないさま

つまり、「ふつつか者ではございますが」は「まだまだ至らない者ですが」という意味になるというわけです。

結婚のあいさつに見る文化の違い

「ふつつかな娘ですが」と口にしたとしても、本気でそう思っているわけではありません。内心は「お宅の息子さんにはもったいないくらいです!」と思っているかもしれません。それでも形式的にそう告げるんですね。贈り物をするときに、どんなに高級品でも「つまらないものですが」と一言添えるのも同じです。

このように、日本では、自分のことを低く見せることで相手への敬意を示す文化があります。これは日本独自というよりも、東アジアで根づいた儒教的な考え方で、中国や韓国でも謙遜の文化があるようです。

儒教の世界観では、人間関係は礼によって保たれます。そのため、自分をへりくだらせることが相手への敬意になると考えられているんですね。これが「謙遜の美徳」です。

一方で、多くの国々ではそのような文化はありません。欧米などは、結婚のあいさつの際に、「彼女は私が育てた最高の人間です。きっとあなたを幸せにしてくれます!」と堂々と宣言します。こちらは自分を高めることが相手を高めることになるという考え方です。

もちろん、どちらが正しいということではなく、文化の違いです。

「ふつつか」を現代語に言い換えると?

もし、この「ふつつか」という大和言葉をいまどきの言葉に置き換えるとしたらどうなるか考えてみました。現代は自虐をポジティブに言い換えるのが主流ですが、やはり謙遜の文化は残っているように思います。

ネット・SNS的な言い換え
・ポンコツですが温かく見守ってください。
・まだチュートリアル中ですが、頑張ります。
・スペック低めですが、やる気あります!
・伸びしろしかありませんので!
・やらかしたら優しく教えてください。

一般的な言い換え
・未熟者ですが
・至らない点も多いかと存じますが
・行き届かないところもありますが
・まだまだ修行中(勉強中)ですが
・粗削りな人間ではありますが

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まとめ

一見すると古めかしい「ふつつか」という言葉ですが、その背景には、日本人が大切にしてきた「和を重んじる礼の文化」がぎゅっと凝縮されていました。

もちろん、価値観が変化して、必ずしも謙遜をよしとしないお考えの方もいらっしゃるかもしれません。でも、日本には長く、こうした建前の文化があったことを知っておくだけでも言葉に深みが出ますよね。

もしもあなたがパートナーの親御さんから「ふつつかな娘ですが」とあいさつされる機会があったら、「そんなことはありません。僕にはもったいないくらいのすばらしい人です。全力で幸せにします!」とポジティブに宣言して安心させてあげてくださいね。

最後まで読んでくださってありがとうございました!


【参考文献】
『新明解語源辞典』(三省堂)
『暮らしのことば新語源辞典』(講談社)
『美しい大和言葉の言いまわし』(知的生き方文庫)
『類義語辞典』(三省堂)


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