『浦島太郎』の「要旨」と「要約」と「感想」をまとめてみた

知っておきたい日本の昔話

はじめに

日本にはたくさんの昔話がありますが、忘れてしまっていたり、うろ覚えだったり、そもそも知らないものも多いですよね。昔話は、みんなが知っていてこそ比喩表現も生きてくるというものです。そこで、「あれってどういう内容だったっけ?」というときのために、代表的な昔話の「要旨」と「要約」と「感想」をまとめておきたいと思います。今回は「浦島太郎」です。

「浦島太郎」の要旨を書いてみた

「浦島太郎」は、助けた亀に連れられて竜宮城を訪れたばかりに、すべてを失ってしまった浦島太郎の姿を語ることで、一時的な快楽におぼれることへの戒めを説いた昔話である。

「浦島太郎」の要約文(あらすじ)を書いてみた

昔、ある浜辺の村に浦島太郎という若者がいました。ある日、子どもたちがみんなで亀をいじめていたので、かわいそうに思った浦島太郎は、持っていたお金を渡してその亀を助けてやったのでした。

後日、浜辺に大きな亀が現れました。自分は助けてもらった亀であり、お礼に竜宮城に招待したいというのです。誘われるままに亀の背に乗って竜宮城に向かうと、待っていたのは美しい乙姫で、おいしい料理や魚たちの舞いで手厚くもてなしてくれました。

夢のような毎日を過ごしていた浦島太郎でしたが、3か月ほどしてそろそろ帰りたいと申し出たところ、乙姫は、決して開けてはいけないといいながら玉手箱を手渡しました。

浦島太郎が村に戻ると、あたりはすっかり変わっていて、住む家も知る人も見当たりません。途方に暮れて玉手箱を開けたところ、中から白い煙がたちのぼり、浦島太郎は白髪の老人になってしまったのでした。

「浦島太郎」の感想を書いてみた

「浦島太郎」といえば「竜宮城」というワードがすぐに思い浮かぶほど、「竜宮城」の名前は広く知られています。実際に日常を忘れて楽しむ場所として「竜宮城」の名を冠したお店があるほどですから、「浦島太郎」はあらゆる昔話の中で最も身近なストーリーかもしれません。

昔話は「おとぎ話」ともいいますが、「おとぎ話」は漢字で書けば「お伽話」です。「伽」というのは退屈をまぎらわせるために話し合い相手をすることですから、娯楽の少ない時代に、「何かおもしろい話をしてよ」という場合に語られてきました。ですから、聴き手は子どもだけではなく大人のこともあったかもしれません。そんなときに、「浦島太郎」のような機知に富む物語を語った人の知性にまずは感服させられます。

ポイントは、浦島太郎が善良な普通の漁師だったということです。亀を助ける優しい心を持っていた浦島太郎ですから、竜宮城に行ってたくさんおみやげを持ち帰った話にしてもよかったはずですが、そうはしませんでした。このあたりが、いい人であっても一時の気の迷いで人生をだめにすることがあることを示唆しているように感じます。

浦島太郎が3か月と感じていた月日は、実際には300年だったとされています。ただ、その数字は失ったものの大きさを表現するためのもので、何年でもよかったはずです。取り戻すことのできない月日の重さは300年にも相当するということなのでしょう。

こんなふうに、人々のロマンと愛憎、そして後悔を描いた物語だからこそ、実感を伴って今も変わらず愛されているのではないでしょうか。

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「玉手箱」を考察してみた

ここからは自由記述です。「浦島太郎」のお話では「玉手箱」の存在が重要なポイントになります。乙姫は、なぜ絶対に開けてはいけないといいながら玉手箱を渡したのか、開けてほしくないなら渡さなければよかったのではないか、それとも開けてしまうだろうことを予測していたのか、謎は深まるばかりです。きっと乙姫は、浦島太郎が玉手箱を開けるのは、竜宮城には戻らないと決めた時だと察していたのでしょうね。

私は、玉手箱というのは、いわゆる宝箱のようなもので、その古い言い方が「玉手箱」なのだと思っていたのですが、念のため辞書を引いて驚きました。玉手箱の意味として「浦島太郎が竜宮の乙姫から贈られたという手箱」と書いてあるではありませんか。それも、調べてみたすべての辞書・辞典にそのように書いてあります。

ですから、玉手箱は乙姫オリジナルだったんですね。転じて「容易に人に見せないもののたとえ」という意味もあるようです。きっと美しい手箱だったにちがいありませんが、中には複雑な思いがぎっしりと詰め込まれていたようです。

もしもこの物語を創作したのが妻の立場の女性であったとしたら、お相手の方の心情もきちんとくみとっていて、なかなかに知性的な方のような気がしてなりません。