はじめに
『浦島太郎』は、助けた亀に連れられて竜宮城を訪れたばかりに、すべてを失ってしまった男性の悲しい末路を描いた昔話ですよね。
『浦島太郎』といえば「竜宮城」や「乙姫」や「玉手箱」というワードがすぐに思い浮かぶほどですから、『浦島太郎』はあらゆる昔話の中で最も身近なストーリーかもしれません。
それにしても、どうして乙姫は「絶対に開けてはいけない」といいながら玉手箱を渡したのでしょうか。謎は深まるばかりです。
今回は、浦島太郎はなぜすべてを失ったのか、そして、なぜ玉手箱を開けてしまったのか、改めてその経緯をたどってみたいと思います。
なぜ『浦島太郎』だったのか
この物語のポイントは、浦島太郎が善良な普通の漁師だったということです。亀を助ける優しい心を持っていた浦島太郎ですから、竜宮城に行ってたくさんおみやげを持ち帰った話にしてもよかったはずですが、そうはしませんでした。
実は、運が悪かった人ほど詐欺被害に遭いやすいという調査もあるようです。「これまで自分には運がなかった。ツイてないことばかりだった」、そんな思いを抱いている人は、たまたま幸運に巡り合うと、「これまでの不遇はこの日のためにあったんだ。やっと自分にも運が巡ってきた」と錯覚しやすい状態になっているそうです。
もちろん、乙姫は詐欺をはたらいたわけではありませんが、浦島太郎にしてみれば、それに似た気持ちだったのだと考えられます。「自分はこれまで真面目に頑張ってきた。だから、これくらいの幸運を享受しても罰は当たらないだろう」、浦島太郎がそんなふうに考えたとしてもなんら不思議はありません。
なぜ乙姫は「開けてはいけない玉手箱」を渡したのか
『浦島太郎』のお話では「玉手箱」の存在が重要になります。乙姫は、なぜ絶対に開けてはいけないといいながら玉手箱を渡したのでしょうか。
これは解釈がさまざまだと思いますが、私個人としては、これから厳しい現実に直面することになる浦島太郎に対して、原因をつくってしまった立場として気の毒に思いながらも、どうか孤独に打ち勝ってほしいという励ましと、どうしてもそれができなかったときのための救済を与えたのではないかと思います。
竜宮城にいた長さは再話者によって異なっていて、3日間とするものや3年とするものがありますが、いずれも帰ってみれば300年がたっていた設定になっています。昔話研究家の小澤俊夫さんの再話では、竜宮城にいた月日は3年になっているので、仮に3年として考えてみたいと思います。
3年間も行方が知れなければ、同居していた母親は亡くなっている可能性がありますし、仮に妻子がいたとしたら、机の上には離婚届が置かれて荷物はなくなっているでしょう。無断欠勤が続けば、当然ながら職場も解雇になるはずです。3年間の不在は、現実世界でにおいての「社会的死」をもたらすものと考えられます。
浦島太郎が「おじいさん」になってしまったことの意味
物語では、浦島太郎は玉手箱を開けたことによっておじいさんになってしまいました。これは隠喩であって、実際は浦島太郎は絶望して死を選んだということだと考えられます。
乙姫が「絶対に開けてはならない」と念を押したのは、「絶望しても絶対に死を選んではいけない」というアドバイスだったのではないでしょうか。取り戻すことができない日々は、300年にも相当する長さだったということですね。
そんな乙姫の言葉を覚えていながらも、それでも浦島太郎は「玉手箱」を開けてしまいました。その選択は、調子に乗って竜宮城で暮らした代償としてはあまりに大きかったように思いますが、考えようによっては、これから孤独に生きるしかない圧倒的な絶望に対しての、せめてもの救済だったのかもしれません。
そう考えると、玉手箱の存在はいっそう重く、重大なものに感じられます。ただ、人は誰でも過ちを犯してしまうものです。どんな状況に陥っても必ずやり直すことができますので、乙姫の進言に従って、私たちは絶対に玉手箱だけは開けないようにしたいものです。
『浦島太郎』のあらすじをまとめてみました。
さて、ここで『浦島太郎』のあらすじを確かめたくなった人のために簡単に概要をまとめておきましたので、よかったらご一読くださいね。
(あらすじ)
昔、ある浜辺の村に浦島太郎という若者がいました。ある日、子どもたちがみんなで亀をいじめていたので、かわいそうに思った浦島太郎は、持っていたお金を渡してその亀を助けてやったのでした。
後日、浜辺に大きな亀が現れました。自分は助けてもらった亀であり、お礼に竜宮城に招待したいというのです。誘われるままに亀の背に乗って竜宮城に向かうと、待っていたのは美しい乙姫で、おいしい料理や魚たちの舞いで手厚くもてなしてくれました。
夢のような毎日を過ごしていた浦島太郎でしたが、3年ほどたったある日、そろそろ帰りたいと申し出たところ、乙姫は、決して開けてはいけないといいながら玉手箱を手渡しました。
浦島太郎が村に戻ると、あたりはすっかり変わっていて、住む家も知る人も見当たりません。途方に暮れて玉手箱を開けたところ、中から白い煙がたちのぼり、浦島太郎は白髪の老人になってしまったのでした。
まとめ・玉手箱は「絶望」か「救済」か
『浦島太郎』という物語の解釈には正解があるわけではありませんし、ここで述べたのは個人的な解釈です。
ただ、助けた亀に連れられて行った先が、なぜ「ハッピーエンド」ではなく「孤独な老い」だったのか。大人になって読み返すと、また違った意味合いが見え隠れしますよね。
乙姫の「絶対に開けてはいけない」という言葉は、「どれほど絶望的な現実に直面しても、自ら人生を終わらせる(箱を開ける)ことだけはしないでほしい」という、彼女なりの悲痛な願いだったのかもしれません。
しかし、社会的な死はあまりにも過酷でした。浦島太郎が箱を開けてしまったのは、不注意ではなく、現実を受け入れるという彼なりの最後の決断だったのではないでしょうか。
私たちは、日々の忙しさや目先の快楽という「現代の竜宮城」に、知らず知らずのうちに足を踏み入れていることがあります。そして、ふと気づいた時には、取り返しのつかない事態に陥っていることがあるかもしれません。
どんなに厳しい状況でも、私たちはやり直すことができます。白い煙の中に消えていった浦島太郎の背中は、「限りある時間をどう使えばよいのか」という問いを投げかけているような気がしてなりません。


