「わたる」には「渡る」と「亘る」があるんです

もう迷わない 漢字のチョイス

「わたる」の表記について考えてみましょう

「わたる」というときに、真っ先に思い浮かぶのは「渡る」ですよね。「橋を渡る」や「綱渡り」などとよく用います。

一方、「3年にわたって」の場合や、「多岐にわたる」などは「渡る」ではなく「亘る」です。でも「亘」の漢字は常用漢字表にない表外字なので、この場合は「わたる」とひらがなにします。

では、それぞれの「わたる」の表記についてもう少し詳しく見ていくことにしましょう。

「渡る」と漢字で書く場合

「渡る」というのは複数の意味があります。

①移動する
・踏み切りを渡ったら右折してください。
・バトンが最終走者に渡された。
・野原を春風が渡っていきます。

②達するようにする
・ロープを渡して物干しにする。
・ここに橋を渡せば便利になります。

③生活していく
・この仕事で世の中を渡ってきた
・彼は世渡りが下手でかわいそうだよ。

おおまかにはこのような意味で用いられるのが「渡る」です。

「わたる」とひらがなにする場合

次に、「わたる」とひらがなにするもの、つまり、もともとの漢字は「亘る」だけれども、「亘」が表外字であるために「わたる」とするものを確認しましょう。

「わたる」とひがなにするのは、ある期間や範囲に及ぶ意味の場合です。AからBに移動するのではなく、AからBまでの間をすべて含むイメージですね。

・将来にわたって大事にします。
・3日間にわたる交渉は決裂した。
・細部にわたって工夫されている。
・全科目にわたる試験が行われた。

なるほど。期間や範囲を示す場合は「わたる」にするのね。

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「動詞の連用形+渡る」の場合

「渡る」は動詞の連用形にくっついて、その状態が広範囲に及んでいることを示す場合もあります。単に「響く」というよりも「響き渡る」とすると、より広い範囲に響いていることを強調する表現になりますね。

・響き渡る
・鳴り渡る
・澄み渡る
・知れ渡る
・行き渡る

「渡る」に関連する慣用句を確認しましょう

「渡る」を用いた慣用表現をいくつか確認しておきましょう。もしも知らない表現があったら覚えてみてくださいね。

「刃渡り」とは?

 刃物の刃の部分の長さを「刃渡り」といいます。刃物は切れるほうは曲線なので、背の直線を測ります。刀剣であれば、つばの付け根から切っ先までの直線を測った長さが刃渡りです。

「渡り合う」とは? 

「渡り合う」とは「相手になって戦うこと」の意味で、もともとは激しく斬り合う意味でしたが、今では「応戦する」という意味でも用いられています。また、「激しく論戦する」という意味もあります。

・あの強豪チームと互角に渡り合うなんてすごいよ。
・上司と渡り合った結果は完敗だった。

「渡りをつける」とは?

話し合いがうまくまとまるように、前もって連絡して話し合いのきっかけや関係をつくったり、了解を得られるように交渉することを「渡りをつける」といいます。

・この契約を成立させるには渡りをつけてくれる人が必要ですね。
・この地域の人には渡りをつけておいたから安心してください。

「渡りに船」とは?

川を渡ろうとしていたら、そこにタイミングよく船が来たということですから、必要なものが都合よくそろったり、偶然、望ましい状態になることを「渡りに船」といいます。

・退職したタイミングで紹介されて、私にとっては渡りに船だった。
・出かけようとしていたら、渡りに船とばかりに兄が車でやってきた。

「渡る世間に鬼はない」とは?

「渡る世間に鬼はない」とは、知らない人のことは冷たく見えがちだけれども、そんなことはなくて、慈悲深く人情味がある人はどこにでも必ずいますということです。

・ここに引っ越してきて不安だったけど、渡る世間に鬼はないというのは本当だね。

「負うた子に教えられて浅瀬を渡る」とは?

背負っている子に教えられて安全な浅瀬を渡ることができたということから、「時には年のいかない未熟な者に教えられることもある」という意味です。

・スマホの操作は孫のほうが優秀で、まさに負うた子に教えられて浅瀬を渡ってばかりだよ。

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「渉る(わたる)という表記について

「わたる」には「渉る」という表記もあります。これは、「さんずい」に「歩く」という文字のとおり、水がある場所を歩いてわたることなんですね。橋を渡るのではなく、ひたひたと水の中を移動していくのが「渉る」です。

でも、常用漢字表を見ると「渉」の漢字は「ショウ」という読みしかありません。そのため、あえて水の中を進んでいくことを伝えたい場合には「わたる」とひらがなにします。つまり、「川を渡る」というのは川の向こう側に移動することですが、「川をわたる」というと、川の中を歩いてわたるという意味になるんですね。

川をわたるためには、一歩一歩、慎重に進んでいかなければなりません。このように「渉」という漢字には、AからB、BからCというように確実に進んでいくという意味があって、このことから「交渉」や「渉外」というように用いられています。