長音「ー」の扱いは悩ましい
(1)ではカタカナで表記するもの、(2)については表記の基本的なことを述べてきましたが、今回はカタカナ表記の長音に焦点を当ててみたいと思います。
長音というのは、「アー」とか「イー」などと伸ばす音のことですが、この場合は長音符号の「ー」を用います。ただ、同じ言葉でも長音符が入れてあったりなかったり、長音ではなく母音を入れることもあり、意外にやっかいなところがあります。
どうして工学系では長音「ー」を用いないのか
「プリンター」ではなく「プリンタ」、「USBメモリー」ではなく「USBメモリ」、「フォルダー」ではなく「フォルダ」など、なぜか工学系や情報系・技術系では長音を用いない表記に多く遭遇します。専門家が長音を用いないのなら、そう書くのが正解のように思えてしまいますよね。
これには理由があって、以前は日本産業規格、いわゆるJISにおいて、「3音以上は長音を省き、2音までは長音を付ける」と指定していたからなんですね。それで、「トナー」は2文字なので長音を用いるけれども、「ドライバ」や「プリンタ」は長音を省いていたわけです。
現在ではこの基準は廃止され、長音を用いても用いなくてもどちらで誤りではないというように変更されました。どちらでもいいということですから、従来どおり長音が省かれている表記に触れることもあるというわけです。もちろん、これはJIS規格においての決め事ですので、一般的な文章であれば長音を用いて表記したほうがいいと思いますが、そんな背景があったんですね。ただ、個人的には、以前のJISの長音の扱いは誰にも使い分けしやすいという点で非常に合理的だったと思っています。

そんな決まりがあったなんて知らなかった。
「ボール」と「ボウル」、「ボーリング」と「ボウリング」
長音にするか母音を入れるかによって意味が異なるものがあります。その代表例が「ボール」と「ボウル」、「ボーリング」と「ボウリング」、そして「バレー」と「バレエ」です。
「ボール(ball)」は球形のまりのことで、野球やサッカーのボールのことですね。一方で「ボウル(bowl)」は調理器具のことで、「ボウルに卵を割り入れる」とか「サラダボウルに盛りつける」などと使います。
「ボーリング(boring)」は地盤や地層を調べるために土に穴を掘ることで、「ボーリング調査を行う」などと用います。一方、ボールを投げてピンを倒すゲームは「ボウリング(bowling)」ですから、「これからボウリングに行こうよ」というときは、長音ではなく「ウ」にしてください。
球技のバレーボールの略称は「バレー(volley)」で、「打ち返す」という意味ですね。テニスなどでは「ボレー」といいます。シリコンバレーの「バレー(valley)」は「谷」ですが、これも「バレー」と長音を用います。一方で、「バレエ」と書くと舞踊のバレエで、英語表記は「ballet」です。
こんなふうに長音にするか母音にするかで意味が異なる場合もあります。
では、長音の使い方にはどんな約束事があるのか、ポイントを確認しておきましょう。
「コンピューター」か「コンピュータ」か
「コンピューター」です。英語の語尾の「‐er」「‐or」「‐ar」「-*y」 などにあたるものは、原則として長音符号「ー」を用いますので、一般の文章においては「コンピューター」にします。ただし、冒頭の「どうして工学系では長音「ー」を用いないのか」で触れたとおり「コンピュータ」を用いることもあります。
【表記例】
・語尾が「-er」
コンピューター(computer)
ドライバー(driver)
プリンター(printer)
タイマー(timer)
・語尾が「-or」
エレベーター(elevator)
モーター(motor)
・語尾が「-ar」
カレンダー(calendar)
レーダー(radar)
モジュラー(modular)
・語尾が「-*y」
エネルギー(energy)
アイデンティティー(identity)
メロディー(melody)
メモリー(memory)
【例外】(長音を省く)
ウエア(wear)
「コミュニティー」か「コミュニティ」か
これはとても悩ましい問題で、「コミュニティー」も「コミュニティ」どちらもあるというのが結論です。前述したように、英語の語尾の「‐er」「‐or」「‐ar」「-*y」は長音「ー」を用いることになっていますから、「コミュニティー(community)」と語尾に「ー」を入れるのが本則になります。
ただ、この「-*y」 のうち「‐ty」がくせ者です。つまり、「ティ」か「ティー」かということですね。例えば「‐cy」ならプライバシー(privacy)、「‐gy」ならエネルギー(energy)と書きますし、「‐dy」ならメロディー(melody)」、「‐ry」なら「メモリー(memory)」と、共通して長音を用います。それなのに「‐ty」の扱いがばらばらで、非常にゆらぎがあるんです。
実際、文部科学省では、「コミュニティ・スクール」という学校運営協議会制度を設けていますし、総務省においても「地域コミュニティに関する研究会」を開催しています。省庁ばかりでなく、各地方自治体においても「コミュニティ」と「ー」を省いた記述がたくさんあります。
一方、新聞表記の『記者ハンドブック』では「コミュニティー」としていますし、時事通信社の『用字用語ブック』も朝日新聞の『用語の手引』も「コミュニティー」としています。また、議事録表記の『新訂 標準用字用例辞典』でも「コミュニティー」です。
そこで、文化庁の「外来語の表記」の付録の「用語集」で確認しようとしたところ、「コミュニティー」も「コミュニティ」も、どちらも掲載されていませんでした。つまり、表記を示していないのです。表記がゆれている原因は、どうやらこのあたりにありそうです。
これをどう捉えたらいいのか私には判断がつきません。一般的には「コミュニティー」と書くけれども、行政では「コミュニティ」を用いるというなのかもしれませんが、断定はできないところです。ただ、これだけゆらぎがあるということは、どちらも間違いではないということでしょうね。少なくても、「アイデンティティー/アイデンティティ」もそうですが、「‐ty」は表記が一定していないということは言えそうです。

私もどっちが正解なのかずっと迷ってたの。
ちなみに、文化庁の用語集において、地名や人名以外で、語尾が「ティ」または「ティー」になる例として示されていたのは「パーティー(party)」のみでした。これは長音を用いるように示しています。
「クリエイティブか「クリエーティブ」か
「クリエーティブ」です。「ai」「a+子音字+e」「o」など、発音記号が二重母音になる表記には長音符号「ー」を充てるとされていますので「クリエーティブ」となります。「エイ」や「オウ」などと母音を重ねずに「ー」を用いるんですね。表記に自由度がある場合には「クリエイティブ」でもよいのではないかと思いますが、厳格なお立場の方は「クリエーティブ」にしてください。
ただし、ブレイン(brain)やドメイン(domain)など例外も多く、二重母音は必ず長音にするわけでではないところがややこしいですよね。ちなみに、「主な」という意味なら「メイン」と書きますが、「メーン州」の場合は長音を用います。
【表記例】(「ー」を用いる)
クリエーティブ(creative)
アベレージ(average)
イミテーション(imitation)
インフォメーション(information)
エレベーター(elevator)
オーディオ(audio)
オーナー(owner)
シミュレーション(simulation)
スペース(space)
セーフティー(safety)
【例外】(母音を用いる)
ブレイン(brain)
ドメイン(domain)
インターフェイス(interface)
ボウル(bowl)
メイン(main)
メンテナンス(maintenance)

「シミュレーション」は「シュミレーション」と書きたくなっちゃうから、気をつけないと。
「ピクチャ」か「ピクチャー」か
「ピクチャー」です。語尾が「‐ture」「‐sure」にあたるものは長音符号「ー」を付けるとされているので「ピクチャー」としてください。
【表記例】
ピクチャー(picture)
アーキテクチャー(architecture)
ディスクロージャー(disclosure)
フィーチャー(feature)
プレッシャー(pressure)
ストラクチャー(structure)
テクスチャー(texture)
「ワイヤ」か「ワイヤー」か
これは「ワイヤ」なんです。英語の語尾の「‐re」にあたるものは原則として長音符号「ー」を付けないとされているので、「ワイヤー」ではなく「ワイヤ」と書きます。ただ、「ワイヤー」も非常に多く見かけるゆらぎの多い表記ですし、どちらでもよいのではないかと思います。ちなみにNHKでは「ワイヤ-」を採用しています。
【表記例】
タイヤ(tire)
ワイヤ(wire)
ストア(store)
フィギュア(figure)
ピュア(pure)
シェア(share)
ソフトウェア(software)
スペア(spare)
スクエア(square)
まとめ
(1)から(3)までカタカナの表記と取り扱いについてまとめてきました。(3)では十分に説明できてないところもあり申し訳ありません。今後も調べ作業を続けていき、判明したことがあればは補っていくようにしたいと思います。最後まで読んでいただきありがとうございました。
なお、この記事も(2)と同様に一般財団法人テクニカルコミュニケーター協会による「外来語(カタカナ)表記ガイドライン」を参考にさせていただきました。詳細はリンク先を参照してください。
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/kokugo_kadai/iinkai_45/pdf/93390601_09.pdf