はじめに
「ゆえ」というときに、ひらがなで「ゆえ」にするか、漢字で「故」にするか、ちょっと迷ったりしませんか? 好きに使えばいいといえば確かにそのとおりなんですが、広く一般の人に向けて発信する場合には表記の基準があるんですね。今回は「ゆえ」と「故」の使い分けについて探っていきたいと思います。
実質名詞の「故」は漢字で書きます
「故」というのはどういう意味かというと、「理由」や「訳(わけ)」のことですよね。そのままの意味で用いる場合は「故」と漢字にします。用例で確かめてみましょう。
・故なき疑いをかけられた。
・故あって名前は明かせません。
・特に故もなくこの地を選んだ。
・彼女は故ありげにこちらを見た。
このように用います。繰り返しになりますが、これらの「故」は「理由」や「訳」という実質的な意味を有しているので漢字で書きます。これを実質名詞といいます。
では、本当に「故」の代わりに「理由」や「訳」を当てはめても意味が通るかどうか確かめてみましょう。
・理由なき疑いをかけられた。
・理由あって名前は明かせません。
・特に訳もなくこの地を選んだ。
・彼女は訳ありげにこちらを見た。
ちゃんと意味が通りました。このように、「理由」や「訳」という語をそのまま当てはめてみて、問題なければ漢字で書いてください。
形式名詞の「ゆえ」はひらがなにします。
一方、「理由」や「わけ」を代入できない「ゆえ」があります。それは「~なので」や「~のため」という意味の場合です。その場合には「ゆえ」とひらがなで表記します。
・彼女は長女ゆえ、責任感も強い。
・明日は出張ゆえ、よろしく頼む。
・若さゆえの過ちだろう。
・急用ができましたゆえ、退席いたします。
このように用います。これらは「~ので」や「~のため」「~なので」などに置き換えられます。試しに入れ替えてみましょう。
・彼女は長女なので、責任感も強い。
・明日は出張なので、よろしく頼む。
・若さのための過ちだろう。
・急用ができましたので、退席いたします。
このように、もともとの「故」、つまり「理由」という意味が薄まってしまっている場合には「ゆえ」とひらがなにするんですね。これを形式名詞といいます。
接続詞の「ゆえに」「それゆえ」はひらがなにします
「ゆえ」は「ゆえに」や「それゆえ」の形で接続詞になります。この場合はひらがなで表記します。「接続詞はひらがなにする」という原則がありますのでね。接続詞としての「ゆえに」は「だから」とか「したがって」という意味になります。
・ゆえに、あなたは無罪です。
・ゆえに、合格を取り消します。
・それゆえ、私が代理で出席します。
・それゆえ、計画の変更は避けられません。
このように用います。試しに「だから」「したがって」を当てはめてみましょう。
・だから、あなたは無罪です。
・だから、合格を取り消します。
・したがって、私が代理で出席します。
・したがって、計画の変更は避けられません。
このように、接続詞の場合は「ゆえに」や「それゆれ」などとひらがなにしてください。
「我思う、故に我あり」ってどういう意味だっけ?
「故」というと、真っ先に思い浮かぶのが、デカルトの「我思う、故に我あり」ではないかと思います。ただ、この場合は成句として定着していので「故に」と書くのが通例になっていますが、前述した表記の基準に従えば「私は思う、ゆえに私がある」とひらがなを用います。デカルトさんの場合は例外だったんですね。
ついでに、それがどういう意味なのか、デカルトはどういう人だったのか、簡単に振り返ってみたいと思います。
デカルトは1596年生まれのフランスの哲学者です。「我思う、故に我あり」は、彼が著書『方法序説』の中で述べたものです。デカルトはとても裕福な家の出だったらしく、思う存分、学問に打ち込むことができたので、哲学のみならず、数学、医学、法学、詩学、占星術など、ありとあらゆることを学んでいきました。
それでも彼を満足させるものはありませんでした。一見すると真理であるように思えるものでも、徹底的に疑ってかかると、どれも真理から遠ざかってしまうからです。このやり方を「方法的懐疑」といいます。
でも彼は気づいたのです。「あらゆるものが真理でなくても、こうやって疑い続けている自分だけは確かにここに存在するではないか!」と、それが「我思う、故に我あり」です。つまり、「私は考える、だから私は存在する」ということですね。
そうやって自己の存在に気づくと「魂」と「身体」の分離が可能になります。身体から魂を取り出せば身体の機能のことだけに特化できます。こうして自然科学は飛躍的に発展したのでした。
まとめ(補足)
補足ですが、「なぜ」というとき「何故」とは書けないんですね。なぜなら当て字だからです。「何故」は「なにゆえ」とだけ読みますので、「なにゆえ」と読んでほしい場合のみ「何故」を用いてください。また、読むときも「何故」は「なにゆえ」と読んでくださいね。
ここまで「故」と「ゆえ」の使い分けについて述べてきました。最後のデカルトについては蛇足になってしまいましたが、ここまで読んでくださってありがとうございました。