なぜ「宜しくお願い致します」は「よろしくお願いいたします」なの?
まず、「よろしくお願いいたします」について触れておきたいと思います。
「宜しくお願い致します」という表記はたくさん目にしますが、「よろしくお願いいたします」と書くのが本則に従った表記です。もちろん「宜しくお願い致します」が間違いというわけではありません。ただ、やはり表記の指針に沿っていたほうが安心ですよね。
常用漢字表を見ると、「宜しく」の「宜」は「ギ」という読みしか載っていないんですね。表にない読みの場合はひらがなにするのが基本ですから、これは「よろしく」と書きます。
「致します」はどうでしょうか。「致」は常用漢字で、それも「チ」と「いたす」という読みが認められています。ですから、「致し方ない」「不徳の致すところ」「思いを致す」などは漢字で表記します。
では、「お願いいたします」はどうでしょうか。この場合の「いたします」は補助動詞です。補助動詞というのは、その名のとおり「補助」なのでひらがなにするんですね。「お願いします」でいいところを、「お願い致すことをします」とまわりくどく丁寧にしているんです。
このように、「お」や「ご」などを伴う丁寧語に、さらに謙譲語の「いたします」を続ける場合にはひらがなで書きます。
・お送りいたします。
・ご説明いたします
・ご案内いたします。
・ご紹介いたします。
少し長ったらしくなってしまいましたが、「宜しくお願い致します」は「よろしくお願いいたします」と書きますという説明でした。
ちなみに、補助動詞ではない場合でも、「いたします」という形であればはひらがなで表記するのが「一般的」です。これは必ず「いたします」の形で用います。一方で、「いたします」ではない言い回し、つまり、「致す」「致しかねる」などは漢字で表記します。
・出席いたします。
・きれいな音がいたします。
・うれしい気持ちがいたします。
・いい香りがいたします。

なるほどね。迷っていたからすっきりしたわ。
常用漢字だと思われがちなもの5選
さて、常用漢字の詳細について入っていきたいと思います。日本語において、ひらがなとカタカナは数が決まっているのに、漢字は無限にありますよね。そこで、2,136字を常用漢字に指定して、公文書をはじめ、新聞や放送など、広く情報を発信する際は常用漢字の中で表記するようになっています。
とはいっても、どれが常用漢字かそうでないかなど、正確に把握していないことがほとんどではないでしょうか。そこで、特に常用漢字かどうか迷いがちなものを「5つ」取り上げてみますので確認してくださいね。これを覚えるだけでかなり迷わなくなると思います。
○うれしい(×嬉しい)
「嬉しい」は表外字ですので「うれしい」と書いてください。「嬉」の漢字そのものが常用漢字ではありません。ただ、「嬉」が表外字なのは悩ましいところがあって、「嬉々として」と書けないので、代用字として「喜々として」が充てられています。これだと意味が少し違ってしまいますが致し方ありません。可能であれば「嬉々(きき)として」とルビやふりがなを用いたいところです。
○ プレゼントをもらったのでとてもうれしかった。
○よろしく(×宜しく)
前述したように、「宜しく」は「よろしく」とひらがなで書いてください。挨拶状などでよく見かけますので「宜しく」のほうがしっくりするという方もいらっしゃるかもしれませんが、原則としてはひらがなです。「宜」は常用漢字ですが、「ギ(適宜など)」の読みしかありません。
○・引っ越してきた田中です。よろしくお願いします。
○たつ(×経つ)
時間が経過するという意味の「たつ」はひらがなです。「経つ」とは書きません。「経」の字は常用漢字ですが、「ケイ(経験など)」と「キョウ(経典など)」と「へ(経る)」の読みしかありません。そのため、同じ意味の「経過」や「経る」とは書けますが、「たつ」はひらがなにします。
○・10年たって、町はすっかり変わってしまった。
○おおむね(×概ね)
「おおむね」はひらがなです。「概ね」とは書きません。「概」は常用漢字ではありますが、「ガイ」の読みしかさせていないためです。「概ね」とは「だいたい」とか「おおよそ」の意味ですね。
○ おおむね1週間ほどで退院できますよ。
○つながる(×繋がる)
「つながる」はひらがなで書きます。「繋」自体が表外字です。「つなぐ」や「つながる」という表現はとても多く用いますが、ひらがなで書いてください。
○ 誰かとつながりたい気持ちでいっぱいだ。
以上が常用漢字かどうか迷いがちな表記5選でした。
代表的な表外字のまとめ
前述した「嬉」や「宜」のほかに、常用漢字表にない漢字(表外字)や、漢字自体は常用漢字であっても読み方が記されていないためひらがなで表記するものは下記の表のとおりです。必要に応じて目を通してくださいね。前述したものと重複しているものがありますがご了承ください。
○ | × | ポイント |
あえて | 敢えて | 「勇敢」とは書いても「敢えて」とは書けません。 |
あらかじめ | 予め | 「予行」とは書いても「予め」とは書けません。 |
あるいは | 或いは | 「或」は音訓ともに常用漢字表にありません。 |
いまだ | 未だ | 「まだ」も「いまだ」もひらがなです。 |
うたう | 謳う | 「法律にうたわれている」などと使います。 |
うれしい | 嬉しい | 「嬉しい」の表記はよく見ますが「嬉」は表外字です。 |
おおむね | 概ね | 「概ね」の表記はよく見ますが、ひらがなにします。 |
おのずから | 自ずから | 「自ら(みずから)」と混同されやすいので用いません。 |
かなう | 叶う | 「夢が叶う」ではなく「夢がかなう」です。 |
たたく | 叩く | 「布団を叩く」ではなく「布団をたたく」です。 |
とどめる | 留める | 「ボタンをとめる」なら「ボタンを留める」で大丈夫。 |
たつ | 経つ | 「経つ」の表記はよく見ますが、「たつ」にします。 |
なす | 為す | 「為す」はひらがな、「成す」は漢字です。 |
のっとる | 則る | 「法律にのっとって」などと用います。 |
はかどる | 捗る | 「進捗」であれば漢字表記で大丈夫です。 |
よろしく | 宜しく | 「よろしくお願いします」はひらがなで書きます。 |
しゃべる | 喋る | 「喋る」はたまに見かけますが、「しゃべる」です。 |
つながる | 繋がる | 「つなぐ」「つながる」はひらがなです。 |
にぎやか | 賑やか | 「賑」は音訓ともに常用漢字表にありません。 |
など |

「よろしく」より「宜しく」のほうが丁寧なのかと思ってた。
漢字は使わずにひらがなで表記するもの【熟語編】
次に、常用漢字表内にある漢字を含んでいても、全体をひらがなにする代表的な熟語を挙げておきます。
あっせん・(×斡旋)
おっくう・(×億劫)
けいれん・(×痙攣)
ごちそう・(×御馳走)
さっそう・(×颯爽)
ずさん・・(×杜撰)
せっけん・(×石鹸)
てきめん・(×覿面)
とっさ・・(×咄嗟)
れんが・・(×煉瓦)
こつぜん_(×忽然)・・・・ など
「せっけん」は、「石けん」ではなく「せっけん」とひとまとまりでひらがなにします。これが「急きょ」や「まん延」などの交ぜ書きにするものと異なる点です。熟語の一方が常用漢字であっても、「石けん」「てき面」や「さっ爽」とはしないということですね。
比較的多く出てくる交ぜ書きの例
交ぜ書きのもので頻出するものは多くはないので、代表的なもの挙げておくことにします。広報に携わる方などは一読してみてくださいね。 公用文の中でも議事録においては基本的に交ぜ書きは用いませんが、下の表にあるように「研さん」や「改ざん」などは交ぜ書きにしますので注意してください。
公用文(広報)/マスコミ表記 | 議事録表記 |
---|---|
信ぴょう性(信ぴょう性が高い) | 信憑性(信憑性が高い) |
らく印(らく印を押す) | 烙印(烙印を押す) |
まい進(まい進してまいります) | 邁進(邁進してまいります) |
秘けつ(秘けつを教えてください) | 秘訣(秘訣を教えてください) |
急きょ(急きょ、変更になった) | 急遽(急遽、変更になった) |
被ばく(低線量被ばくの懸念がある) | 被曝(低線量被曝の懸念がある) |
研さん(研さんを積んでまいります) | 研さん(※研鑽としない) |
改ざん(データ改ざんが判明した) | 改ざん(※改竄としない) |
常用漢字の限界をどう考えるか
このように、できるだけ常用漢字内にとどめようとすると、どうしても表現が決まりきったものになりがちなのも悩みどころです。使いたい漢字が表外字だったりもします。でも、情報を発信するための文章は文学作品ではありませんから、意味が伝わることのほうが大事なのだと思います。もちろん、どうしても漢字にしたい場合はルビやひらがなを添えるなどして工夫して用いてみてください。
こうして覚えた常用漢字も、いずれは改訂によって変更されることを考えると、振り回されないというのも考え方のひとつではあると思います。