複雑すぎる「あげる」の使い分け
「あげる」には「上げる・挙げる・揚げる」がありますが、日本語を母語としていてもかなり使い分けが難しいんですね。「みんなひらがなになれ!」と呪文を唱えたくなるほどです。
例えば、「手を上げる」と「手を挙げる」の違いは多くの方が理解しておられるかと思いますが、「成果をあげる」や「実績をあげる」はどうすればいいのでしょうか。「花火は上げる」のでしょうか、「揚げる」のでしょうか。謎は深まるばかりです。
ただ、そうはいっても一応のポイントは押さえておかなければなりません。そこで今回は、各表記辞書を比較しながら、「あげる・上げる・挙げる・揚げる」の使い分けについてまとめてみたいと思います。
「上がる/上げる」にするもの
まず、「上がる/上げる」ですが、これは一般用語です。基本的に「上」や「高」に関連するものに用いますが、「声や音」に関係するものや、「終わり」という場合にも用います。ほかの字が当てはまらない場合には、消去法として「上」にしますが、それでもそぐわないと感じる場合はひらがなにしてください。
①上に移動する/高くなる
(上に移動する/高くなる)
・値段が上がる
・地位が上がる
・気温が上がる
・軍配が上がる
・棚に上げる
・腕前を上げる
・マウンドに上がる
・ネットに画像を上げる
・成果を上げる(※1)
・実績を上げる(※1)
・効果を上げる(※1)
・花火を上げる(※2)
(※1)迷うのは「成果」や「実績」「効果」などです。下がっていた成果が上昇したのなら「上がる」ですが、成果があらわれたり示されたのなら「挙がる」になります。ただ、実際にはどちらの意味も含まれている、もしくは意味が限定できないことがほとんどですので、そういう場合には「あがる」も選択肢に入れてください。
(※2)新聞表記では「花火を上げる」と書きますが、公用文では「花火を揚げる」にするのだそうです。花火は下に落ちないからかもしれません。個人的には、花火は「上がる」がなじむように思いますが、このように表記が一定ではないんですね。したがって「花火を揚げる/あげる」も可能です。
②大きな声を出す
(大きな声を出す)
・第一声を上げる(※1)
・大声を上げる(※1)
・産声を上げる(※1)
・歓声を上げる(※1)
・奇声を上げる(※1)
・反対の声が上がる(※2)
(※1)新聞表記では大声を出す場合は「上げる」にしていますが、公用文では「揚げる」を用いるように示しています。「大声を揚げる」というのは私は用いたことがありませんが、そのように示されているので致し方ありません。そのため、新聞表記と公用文の両方に配慮して「声をあげる」とひらがなにするのも一案かと思います。
(※2)必ずしも音としての声ではないもの、つまり、「意見」という意味で「声」を用いることもあります。これは「示す」という意味の「挙」が該当しますが、「声」を用いているので「上がる」で問題ないと思います。紛らわしいので、使い分けに迷ったらひらがなにしてください。
③終わる/達する/その他
(終わる/達する/その他)
・雨が上がる
・仕事が上がる
・病み上がり
・息が上がる
・勤め上げる
これらは上下の意味の「上」ではないのでひらがなで書く場合もあります。「雨上がり」より「雨あがり」のほうが好まれるかもしれません。表記に自由度があるお立場の方はひらがなでも問題ないと思いますが、基本的には「上がる」にします。
④そのほかに特別な意味として)
(特別な意味)
・線香を上げる
・人前で上がる
・費用を1000円で上げる
・バッテリーが上がる
これらも上下の「上」の意味ではないのでひらがなを用いることもあります。特に、人前で緊張することの意味の「上がる」は、「あがる」とひらがなが好まれていて、「あがり症」などと用いられていますが、どちらの表記も可能です。
「挙がる/挙げる」にするもの
挙がる/挙げるは限定的な表記で、「はっきりと示す」という意味で用います。「列挙する」ほか、得点なども「挙げる」にします。また、「みんなでこぞって行う」場合も「挙げる」になります。用例で感覚をつかんでみてください。
(はっきりと示す)
・手を挙げる(※1)
・欠点を挙げる
・証拠を挙げる
・条件を挙げる
・例を挙げる
・候補に挙げる
・条件を挙げる
・犯人を挙げる
・やり玉に挙げる
(結果を残す)
・勝ち星を挙げる
・金星を挙げる
・先取点を挙げる
・ポイントを挙げる
(こぞって行う/執り行う)
・国を挙げる
・全力を挙げる
・兵を挙げる
・結婚式を挙げる
・祝杯を挙げる
(※1)「手を上げる」と「手を挙げる」の違いですが、「手を上げる」は体の動きとして手を上にすることですので、「大きく手を上げて…」と体操したり、「手を上げろ」と脅したり、「お手上げだ」などと断念したりします。一方、「手を挙げる」は意思の表明として「挙手する」場合にのみ用います。
「揚がる/揚げる」にするもの
「揚がる/揚げる」は高く掲げることをいいます。「上げる」との違いは空中にとどまっているかどうかで、一定のあいだ空中にある場合は「揚」にします。また、「油であげる料理」や「水中から上方や陸に移すこと」にも用います。
(空中に掲げる)
・国旗を揚げる
・たこ揚げ
・帆を揚げる
・アドバルーンを揚げる
・観測気球を揚げる
・一旗揚げる
(調理法:あげもの)
・揚げ物
・揚げたてコロッケ
・揚げ出し豆腐
(水中から移す/元の場所に戻る)
・水揚げ
・船荷を揚げる
・沈没船を引き揚げる。
・この場は引き揚げよう。(※1)
・満州から引き揚げてきました。(※1)
(※1)「引きあげる」には「引き上げる」と「引き揚げる」があって、下から上に移動するなら「引き上げる」ですが、元いた場所に戻ることやその場を去る場合には「引き揚げる」を用います。「撤収」のような意味ですね。
ひらがなの「あげる」について
最後に、ひらがなにするケースについて押さえておきたいと思います。「あげる」には、漢字にせずにひらがなを用いるものがあって、それが次の3つです。
①補助動詞の「あげる」
②「やる」の丁寧語の「あげる」
③使い分けに迷うもの
①補助動詞の「あげる」
「あげる」は、「~てあげる」や「~であげる」の形で、前の語を補助する働きをすることがあります。これを補助動詞といいます。補助動詞は「上に移動する」という本来の意味から離れてしまっているのでひらがなにします。
・友達でいてあげる。
・言わないであげる。
・お母さんを大切にしてあげて。
・私がやってあげましょうか。
②「やる」の丁寧語の「あげる」
「やる」の丁寧な言い方として用いる場合は、ひらがなで「あげる」と書きます。補助動詞の「あげる」がこの意味ですが、動詞単体としても用います。「やる」ほど偉そうではなく、「差し上げる」よりはくだけた言い方になります。
・その服をあげるよ。
・あげた本を大切にしてください。
・猫に餌をあげてもいいですか?
【補足】公用文は動詞は漢字にするという原則がありますので、「その服を上げるよ」としても誤りではありません。
③使い分けに迷う場合
日本語の表記はややこしいですので、どの漢字がふさわしいか判断できないこともあります。そんな場合には潔くひらがなにしてください。新聞表記でもNHK表記でも「迷ったらひらがな」と明記していますので安心してくださいね。
まとめ
・「上がる」は一般用語であるが、「挙がる」や「揚がる」は特別用語なので、意味を限定して用いる。
・「上がる/上げる」は、上に移動することのほか、大きな声を出す、達するなどの場合に用いる。
・「挙がる/挙げる」は、何かをはっきりと示す場合に用いる。
・「揚がる/揚げる」は、空中に高く掲げることのほか、水中から移すことや油料理に用いる。
・補助動詞のほか、「やる」の・使い分けに迷ったらひらがなにする。丁寧な言い方の場合には「あげる」とひらがなにする。
今回は「あげる・上げる・挙げる・揚げる」の使い分けについてまとめてみました。書いていても、どう説明すれば伝わりやすいのかかなり迷いましたので、読んでいただいて納得していただけるものになっているかどうか不安もあります。もう少し端的にまとめたほうがわかりやすかったかもしれませんが、何か参考になれば幸いです。ここまで読んでいただきありがとうございました。