再読・昔話『舌切り雀』|おじいさんのただならぬ執着から読み解く雀の正体とは!

知っておきたい日本の昔話

はじめに:裏側に隠されたもう一つのテーマ

『舌切り雀』は、欲のないおじいさんにはいいことがあり、欲が深いおばあさんはさんざんな目に遭った話を通して、欲張ることはよくないと諭している昔話ですよね。雀の舌を切ってしまったり、欲張って大きなつづらをもらったりと、おばあさんばかりが悪者扱いです。でも、どうやらそれだけではない裏テーマがあるようです。

この物語は再話者によって内容がさまざまで、特に、逃げていった雀を捜す方法に大きな違いがあります。子供向けの絵本では、おじいさんが難なく居場所を捜し当てたり、仲間の雀に道案内をしてもらったりしますが、小澤俊夫さんの再話では、道を教えてもらう代わりに馬と牛の小便を桶で3杯ずつ飲むという話にしているんです。これは衝撃ですよね。

つまり、それほどまでに、おじいさんが「ちょんこ」と名付けた雀に会いたがったことを強調しているんですね。『舌切り雀』というと、欲張りなおばあさんばかりが注目されがちですが、こうなると、むしろ、おじいさんの奇行に度肝を抜かれてしまいます。

「ちょんこ」は本当に「雀」だったのか

おじいさんがいなくなった雀を捜しにいく道の途中で、馬の足を洗っている男性と牛の足を洗っている男性に出会います。どちらの男性も「家畜の小便を桶で3杯飲んだら居場所を教えてやる」といいます。

「桶で3杯の小便を飲む」という行為は、もちろん「普通の感覚ではできないこと」や「世間的には受け入れられないこと」の暗喩でしょう。「人間としてのプライドを失っても、それでもあなたは先へ進むのですか?」という問いかけだったのだと思います。

それでもおじいさんの答えは「イエス」でした。そのくらいの覚悟があるのなら、先に進んでもいいのかもしれませんが、そうすると、当然ながら「ちょんこは本当に雀だったのか?」という疑惑が持ち上がります。

私たちはややもすると善人と悪人で色分けしがちですが、人間はそんなに単純なものではありません。突然、「ちょんこ」を家に招き入れて、殊更かわいがっていたとしたら、おばあさんが意地悪になってしまうのも納得がいきます。おばあさんが雀の舌を切ったのは、単なる意地悪ではなく、自分を見ようとしない夫への精いっぱいの心の「叫び」だったのかもしれませんね。

でも、おばあさんが持ち帰ったつづらから出てきたのは蛇やムカデでした。それは、夫からの愛を失い、憎しみにまみれてドロドロと腐り落ちてしまった「おばあさんの孤独」そのものなのだったではないでしょうか。

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『舌切り雀』のあらすじを書いてみた

『舌切り雀』のストーリーを確かめたくなった方のために、簡単にあらすじをまとめましたので、お目通しくださいね。

あらすじ

昔、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは、おばあさんの作ってくれたおにぎりを持って山仕事に行くのが日課でした。

ある日、お昼におにぎりを食べようとしたところ、おにぎりはすっかり食べられてしまっていて、雀が包みの上で昼寝をしていました。その姿がかわいらしかったので、おじいさんは雀をふところに入れて家に帰り、「ちょんこ」と名付けてたいそうかわいがりました。

ある日、おばあさんが洗濯物につけるのりを作ったところ、ちょんこはそののりをすっかりなめてしまいました。おばあさんは怒って、ちょんこの舌をはさみでちょんぎると、ちょんこは泣きながら山へ飛んでいってしまいました。

帰ってきたおじいさんは驚いて、ちょんこを捜しに山へ向かいました。山道を進んでいくと、途中で3頭の馬を洗っている人がいました。道を尋ねると、馬の小便を桶で3杯飲んだら教えるといわれたので、おじいさんは馬の小便を飲んで道を教えてもらいました。さらに進んでいくと、今度は3頭の牛を洗っている人がいました。道を尋ねると、牛の小便を桶で3杯飲んだら教えるといわれたので、おじいさんは牛の小便を飲んで道を教えてもらいました。

無事に雀のお宿に着くと、ちょんこはとても喜んでおじいさん迎え入れ、盛大にもてなしました。帰り際、ちょんこは大きいつづらと小さいつづらを持ってきて、どちらかを差し上げますといいます。おじいさんは小さいつづらをもらって家に帰りましたが、開けてみると、なんと中には金や銀や美しい着物がぎっしりと入っていました。

おじいさんに話を聞いたおばあさんは、大きいつづらにすればよかったのにと悔しがります。そして、今度は自分が出かけていって大きいつづらをもらってくることにしました。

途中、馬を洗っている人と牛を洗っている人に出会いましたが、おばあさんは無理やり道を聞き出して雀のお宿に到着しました。ちょんこは驚きましたが、あり合わせのごちそうを出しました。おばあさんは、ごちそうはいらないからつづらが欲しいといい、大きいつづらを持ち帰りました。

帰る途中、どうしても中身を見たくなったおばあさんは、つづらを開けて中をのぞき込みました。すると出てきたのは、蛇やムカデやナメクジばかりだったので、おばあさんはすっかり腰を抜かしてしまいましたとさ。

まとめ:おばあさんの孤独と悲しみ

『舌切り雀』を大人の視点で読み解くと、単なる勧善懲悪の物語ではなく「向き合うことをやめた夫婦の悲劇」のように見えてきます。

馬や牛の小便を飲んでまで異界へ向かったおじいさん。その異様な執着の裏側で、おばあさんはどれほどの疎外感を感じていたのでしょうか。雀を「ちょんこ」と呼び、家族以上の愛情を注ぐ夫の姿は、妻の目には「自分への拒絶」として映ったのかもしれません。

雀の舌を切るという残酷な行為は、決して許されることではありません。しかしそれは、自分を無視して雀にのめり込む夫に対する、おばあさんの「悲痛な叫び」でした。

そして最後に開けた大きいつづらから出てきたのは蛇やムカデです。おばあさんには、心の奥底にうずまく負の感情に打ち勝って、新しい人生を歩んでほしいと願わずにはいられません。

昔話はバリエーションがたくさんありますので、どれが正解というわけではありませんが、今回は小澤俊夫さんの再話をベースにまとめてみました。小澤さんの再話は興味深いものばかりですね。今回のお話の内容はこちらのお話をもとに構成しました。興味があればご一読ください。

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