はじめに
文章を書くときに、「~した上で」にするか「~したうえで」にするか迷ったことはないでしょうか。あるいは、どっちが正しいのか疑問に思ったりたことはないでしょうか。最近、ひらがなの表記にたくさん触れるようになりましたが、実はこれはどちらでも間違いではなくて、表記辞書によって扱いが異なるんですね。
公用文や新聞表記、議事録表記は使い分けない立場ですので「上」と書きます。一方、『NHK漢字表記辞典』には「“…したうえで”などはなるべくひらがな」としてあります。「なるべく」ですから絶対ではないものの、実際、NHKの番組の字幕などでは「うえ」とひらがなになっていることが多いですよね。
新聞表記は漢字にするといっても、いわゆる『記者ハンドブック(新聞用字用例集)』にはそう書いてあるというだけで、それぞれの新聞社や出版社、あるいは記者さんやライターさんの方針があると思いますし、ネット上の記事でもひらがな表記も目立ちます。ただ、これだけひらがな表記が広まったのは、なんとなくですが、NHKさんの影響は少なくないように思います。
仮に、「上」と「うえ」を使い分ける立場に立っても、みんな「うえ」にするわけでありませんので、使い分けには留意しなければならない点がありますし、読みやすさも考慮すれば漢字表記もひらがな表記も一長一短です。それに、どうしてこのように判断が分かれているのかも気になるところです。
そこで今回は、公用文や新聞表記では「上」と「うえ」をどのように扱っているか、使い分けるとすればどのような場合にひらがなにするのかなど、留意点をまとめてみたいと思います。
「~のうえ」を形式名詞とする立場
「上」と「うえ」のどちらかにするか迷うのは次のような場合ではないでしょうか。
・熟読した上で感想を述べてください。
・高齢者に配慮した上で進めてください。
・住民の意見を聴取した上で方針を決定します。
・十分に検討した上で結論を出してまいります。
これらの「上」は、上下の「上」という意味が薄れてしまって、「~したあとで」とか「~してから」というように、どちらかというと「後」の意味になってしまっているんですね。
本来の意味で用いる名詞を「実質名詞」といい、意味が薄れてしまっているものを「形式名詞」といいます。したがって、「後」という意味の「うえ」を形式名詞と捉えれば次のように表記することになります。
・熟読したうえで感想を述べてください。
・高齢者に配慮したうえで進めてください。
・住民の意見を聴取したうえで方針を決定します。
・十分に検討したうえで結論を出してまいります。
字面を見た感じもスマートですし、ひらがなにしたくなりますよね。
「うえ」以外の形式名詞を確認しよう
もちろん、公用文においても新聞表記においても「形式名詞」はひらがなにするのが原則です。ところが、このような原則があるにもかかわらず、公用文や新聞表記、そして議事録表記においては「~上で」はそのまま漢字表記する立場をとっているんですね。
念のため、形式名詞はほかにどのようなものがあるか確かめてみましょう。よくあるのが「ところ・もの・わけ・ほど・こと」などで、本来の意味から離れていたり、意味を添える役割にとどまっている場合はひらがなにするのが原則です。
(形式名詞をひらがなにする例)
・現在、状況を確認しているところです。(×所)
・遅刻したら棄権したものとみなします。(×物)
・ここで引き下がるわけにはいきません。(×訳)
・ご検討のほど、よろしくお願いします。(×程)
・昨年の事件はご承知のことと思います。(×事)
「上下」の「上」だけではない「上」の意味
それなのに公用文や議事録表記、そして新聞表記では「~上で」と漢字にするのはどうしてかというと、慣用として「上」を用いることにしているのか、これを形式名詞に含めないとする立場か、いずれかになります。
慣用として「上」にするということについては、確かに「申し上げます」などの「あげる」もひらがなにすべきところ漢字で書きますので、この場合もそれに当てはまるのかもしれません。
ただ、慣用というよりは、もしかしたらこれを形式名詞に含めないという立場ではないかと思います。その理由を考えてみたいと思います。上には、上下の「上」や、前述した「後」だけではなく、ほかに次のような意味があります。
・努力の上に成り立っている。(於)
・承知の上でしたことだ。(於)
・早口の上にせっかちだ。(加)
・物価高の上に税金も高い。(加)
これらは上下の「上」ではありませんが、「上」には「~において」や「~に加えて」という意味もあると解釈して漢字で書きます。同じように、「上」には「後」の意味もあると解釈すれば形式名詞ではなくなりますので漢字にしてよいことになります。
仮に、これらをすべて、本来の意味から離れてしまっているという理由でひらがなにすれば次のようになります。
・努力のうえに成り立っている。
・承知のうえでしたことだ。
・早口のうえにせっかちだ。
・物価高のうえに税金も高い。
どちらの解釈も成り立ちますし、表記の基準が一定していないのですから、どれが間違いということではないのだと思います。私自身は、読みやすさも考慮すれば漢字にする一定のメリットがあると思いますが、逆にひらがなのほうがなじむと感じる方もいらっしゃるかもしれません。語感の違いもあると思いますので、納得のいくものを選んでください。ただ、同じ文章の中では統一する点は留意してみてくださいね。
「中」と「なか」の扱いのこと
「上/うえ」と同じように扱いに困るのが「中/なか」です。「このようななか」や「寒いなか」などひらがなの表記もたくさん見かけます。
・寒いなか、よくおいでくださいました。
・このようななかで推進するのは問題だ。
・問題が山積するなかで進めなければならない。
「中」と「なか」については、どの表記辞書においても言及がありませんでしたので、特に指定しない、つまり、漢字で問題ないということではないでしょうか。
確かに「~の状況で」という「中」は、「中と外」の「中」からは意味が外れてしまっていますので、ひらがなで書きたくなるかもしれません。ただ、「寒中」「暑中」などの熟語がありますし、「ご多忙中」や「忙中閑あり」などのように、そもそも「中」には「~の状況で」の意味がありますので、そのように解釈すれば漢字表記でも問題ないことになります。
・寒い中、よくおいでくださいました。
・このような中で推進するのは問題だ。
・問題が山積する中で進めなければならない。
最後に(まとめに代えて)
「上/うえ」や「中/なか」の使い分けについては、絶対にこうでなければならないということはなくて、ご自身の考え方で問題ない思います。
漢字ばかりだと堅苦しくて読みづらいものですが、反対にひらがなばかりでも区切りがわかりづらくて意味が取りにくくなることがあります。また、文章の内容によっても、ふんわりさせたいとかきちんとした印象にしたいなど、書き手の意図もあるかと思いますので、そのあたりはご自身で判断していただければと思います。
ただし、繰り返しになりますが、公用文をはじめ多くの表記辞書では「上」や「中」と漢字を用いますが、NHKでは「なるべくひらがな」にするという立場だということをお伝えしておきますね。
はっきりしたことをお伝えできませんでしたが、表記は多様だということでご了承くださいませ。最後まで読んでくださってありがとうございました。