はじめに
「御」という漢字は「お」とも「ご」とも「おん」とも読むことができますが、「お」というときには「お菓子」や「お願い」などとひらがなにしますし、「おん」の場合は「御中」や「御社」などと用いますから、これらは迷いがありません。
困るのが「ご」の表記で、「ご意見」と「御意見」のどちらの表記も目にします。最たるものが「ごあいさつ」で、ひらがなの「ごあいさつ」もあれば、「ご挨拶」も「御挨拶」もあって、どれが正解なのか判断がつきませんん。
そこで今回は、「お/ご/おん/御」の使い分けについて、表記のルールとしてはどのように定められているのか、公用文やその他の表記辞書をもとにまとめてみることにしました。
表記のルールには大きく2種類あります
「ご/御」の表記のルールとしては、大きく「公用文」のルールと「マスコミ表記」のルールに分かれていて、大枠は同じですが、違いもあります。大きく異なるのは「ご」の扱いで、新聞やNHKなどのマスコミ表記では「ご」はひらがなにしますが、公用文では「御」と漢字にします。
ただ、公用文であっても、一般市民向けの広報などにおいては、親しみやすさを考慮してマスコミ表記と同じように書くように示していますので、「区のお知らせ」や「市政だより」では「ご」とひらがなにするんですね。「ご」を「御」にするのは、法令や公文書の場合です。
(公用文/一般・マスコミ)
・御意見/ご意見
・御承知/ご承知
・御理解/ご理解
・御指導/ご指導
大きな違いはこんなところですが、では「ごあいさつ」はどう書くのがよいのかを見ていくことにしましょう。
「ごあいさつ」か「ご挨拶」か「御挨拶」か
皆さんは「挨拶」という漢字は学校で習ったでしょうか。実は「挨拶」が常用漢字の仲間入りをしたのは平成22年(2010年)の改訂のときですので、それまでは常用漢字ではありませんでした。ですから、平成22年の時点で大人になっていたら、習わずに過ごしてしまった可能性があります。今は中学校で習いますので、若い世代のほうが漢字ですらすら書けるんですね。
そのためかどうかは不明ですが、新聞表記でもNHK表記でも「あいさつ」はひらがなを優先して用いることにしています。そうすると、当然ながら接頭語もひらがなにしますので、「ごあいさつ」と書くのが一般的です。
ただし、常用漢字ですから漢字にしても問題ありませんし、実際、漢字表記もよく見かけます。「挨拶」を漢字にしたとしても、基本的に接頭語の「ご」はひらがなですので「ご挨拶」と書きます。
一方、公用文では「ご」は「御」を用いる立場ですし、「常用漢字内で書ける名詞は漢字で書く」のが原則ですので、公用文や議事録では「御挨拶」にします。
このようにさまざま用いられているため、「お立場によって選んでみてください」としか言いようがないんですね。逆にいえばどれも正解ということになりますが、一般には「ごあいさつ」か「ご挨拶」がよいのではないでしょうか。
「挨拶」はされたくないものだった?
漢和辞典を引いてみると、「挨」も「拶」も、どちらも「迫る」という意味があって、もともとは禅語なのだそうです。師匠が弟子に問答を迫って、その受け答えによって、どのくらい修行できているかを見きわめた、それが「挨拶」だったそうです。
そうすると、弟子は師匠に挨拶されるのは恐ろしかったにちがいありません。「どうか挨拶されませんように」とヒヤヒヤしていたかもしれません。その意味では、ドラマやアニメで少しこわい人たちが言う「アイツらに挨拶に行ってやろうじゃないか」という使い方のほうが合っているようにも思います。
どうして常用漢字になったのかまではわかりませんが、現在ではそんな恐ろしい意味はすっかり消失していますので、漢字でも問題なさそうですね。気になる場合はひらがなにしてください。
さて、次の項目以降では、「お」「ご」「おん」の使い分けについて一つず確かめていきたいと思いますので、もう少しおつきあいください。
接頭語の「お」はひらがなにします
「お」というのは尊敬や丁寧の気持ちを表す接頭語ですが、「お」というときにはひらがなにします。のし紙などに記載してある「御中元」「御歳暮」のたぐいは慣用として用いているものであって、通常は「お中元」「お歳暮」にするんですね。
「お」はひらがなが原則ですから、「御礼」と書いてあったら「おんれい」と読んで、「おれい」なら「お礼」にします。
・お菓子
・お願い
・お中元
・お歳暮
・お志
・おみおつけ
・お気の毒です。
・おあいにくさま。
・お静かに願います。
・お黙り!
・早くお行き!
「お志」の使い方について
「志(こころざし)」の表記についてですが、一般的には活用のある場合は名詞形でも活用語尾を送りますので「祭り」「証し」などとしますが、「志」は例外で語尾を送りません。そのため、名詞は「志し」とせずに「志」にするんですね。
「お志に感謝いたします」などの場合の「お志」とは、贈ったり奉納していただいた金品のことで、自分が贈る側の場合は「お」は用いませんので「寸志」などとします。ただし、「寸志」は立場が下の人に用いるものですので、上の立場の方に差し上げるときは「御礼」などにしてくださいね。
「お志」は、別の言い方では「ご芳志(ごほうし)」や「ご厚志(ごこうし)」などともいって、送別会の席で「退職されるA部長よりご芳志を頂戴いたしました」などと用います。
なお、仏事の香典返しには「志」を用いますが、それ以外は表書きとしては使いませんので注意してください。
接頭語の「ご」は一般的にひらがなにします
接頭語の「ご」は尊敬を表すために用いますが、この場合、通常はひらがなを用います。ただし、前述したように公用文では「ご」は「御」を用います。
(一般的)
・ご意見
・ご承知
・ご理解ください。
・ご指導いただきたい。
・ご存じのことと思います。
(限定的:公用文)
・御意見
・御承知
・御理解ください。
・御指導いただきたい。
・御存じのことと思います。
慣用として「御」を用いるもの
一般的に「ご」はひらがなにすると書きましたが、「御所」や「御三家」のように決まった言い方の場合は「御」を用いることがあります。
・御三家
・御所
・御用学者
・御利益
・御料
・御用達
・御用(捕物)
接尾語の「ご」は「御」にします
「ご」は接頭語だけではなく接尾語になることもあります。よく使うのは「親御さん」や「姉御肌」でしょうか。「親御さん」というのは他人の父母を敬う言い方です。
でも、「姪御」や「甥御」というときには、「姪(めい)」や「甥(おい)」は常用漢字表にない表外字です。それでどうするかというと、「めいご」や「おいご」と全体をひらがなにするか、漢字にしたい場合は初出にルビや読み仮名を添えるのが一応のルールです。なくても読めますが、原則としてはそうなります。
・姉御
・親御
・姪御(めいご)
・甥御(おいご)
・殿御(とのご)
・女御(にょうご)
接頭語の「おん」は「御」にします
最後に接頭語の「おん」ですが、これは漢字で「御」にします。ですから「御礼」は「おんれい」と読むことになります。よく使うのは「御社」や「御中」でしょうか。
・御中
・御社
・御身
・御礼
・御曹司
・御の字
「御中」ってどういう意味?
個人宛の手紙では「様」を用いますが、官庁や会社、団体へ手紙を差し向ける場合には「御中」を用いますよね。この「御中」とは「中にいらっしゃるお方へ」という意味なんですね。誰が読んでくださるかわかりませんのでこのように書くわけです。
「様」や「御中」のように、宛名に添えて敬意を表すものを「脇付け(わきづけ)」といいますが、ほかに「御侍史(おんじし)」や「御机下(おんきか)」があります。「御侍史」や「御机下」という脇付けは一般にはあまり用いないかもしれませんが、患者さんの紹介など、医師同士のやり取りでは慣例として用いられているようです。
「侍史」というのはお付きの人という意味ですから、「御侍史」というのは「先生に直接お渡しするなど厚かましいことなので、お付きの人へ渡します」という意味になります。また、「机下」というのは文字どおり机の下という意味ですから、「御机下」は「先生に直接お渡しするなど厚かましいことなので、机の下に置いておきます」という意味です。
医師同士はこのように、お互いにめちゃくちゃへりくだってお仕事をされていらっしゃるんですね。ただ、もしも患者さんから先生にお手紙を出すような場合に「御侍史」や「御机下」を用いると、かえって分不相応と受け取られかねませんので、「先生」や「様」で十分なのではないかと思います。
まとめ
・接頭辞の「お」はひらがなにします。(お菓子/お仕事)
・接頭辞の「ご」は漢字にします。(ご意見/ご理解)
・公用文では接頭辞の「ご」を漢字にします。(御意見/御理解)
・慣用として「御」を用いることがあります。(御三家/御用学者)
・「ごあいさつ/ご挨拶/御挨拶」はどれも可で立場によって使い分けます。
・接尾語の「御」は漢字にします。(姉御/親御)
・接頭語の「おん」は「御」にします。(御中/御社/御礼)
今回は「お/ご/おん/御」の表記についてまとめてみました。最後まで読んでいただきありがとうございました。