はじめに
「戻る」という意味の「かえる」には、「返る」と「帰る」と「還る」がありますよね。「返る」や「帰る」は、「落とし物が返ってきた」とか「お客さんが帰ったところです」など、何の問題もなく使い分けていることと思います。
原則としては、「もとの状態に戻る」場合には「返る」にして、「もとの場所に戻る」は「帰る」を使います。
返る: もとの状態に戻る
帰る:もとの場所に戻る
でも、「原点にかえる」や「初心にかえる」は、「返る」なのか「帰る」なのか迷ってしまいますよね。また、「土にかえる」という場合は、どうやら「還る」が当てはまりそうですが、常用漢字表を見ると、「還」には「かえる」という読み方が示されていないのです。どうすればいいのでしょうか。
そこで今回は、「返る/帰る/かえる」の使い分けのポイントと、実際の表記辞書ではどのように扱われているかまとめてみたいと思います。最後までおつきあいくださいね。
「返る」の意味と使い方
まず、「返る」ですが、これは「もとの状態に戻る」ことや「もとの持ち主のもとへ戻る」という意味ですね。向きや方向を「反対にする」という意味もあります。
(「返る」の用例)
・落とし物が返ってきた。
・テストの結果が返された。
・親切は自分に返ってくる。
・貸したお金を返してください。
・手のひらを返したような態度だ。
・寄せては返す波を見ていると落ち着く。
(複合語として)
・生き返る
・立ち返る
・正気に返る
・引き返す
・白紙に返す
・折り返す
・読み返す
・押し返す
「初心にかえる/原点にかえる」はどう書く?
「初心にかえる」は「初心に返る」とするのが一般的です。新聞表記の『記者ハンドブック』でも、「初心に返る」「原点に返る」「童心に返る」を用例として示しています。
なぜかというと、「初心」や「原点」というのは、どこかの「場所」のことではなく「状態」のことであるため「返る」にするんですね。
(新聞表記)
・初心に返る
・原点に返る
・童心に返る
・我に返る
ただ、「原点回帰」という四字熟語があるので「帰る」にしたくなるのではないでしょうか。調べてみたところ、『三省堂国語辞典』では「童心」や「原点」は「「帰る」と書くこともある」と示していますので、「原点に帰る」「童心に帰る」でも間違いではないようです。実は以前は新聞表記も「帰る」にしていて、私もそれで覚えた記憶があります。
後段で触れる「帰る」には、自然に戻るのではなくて、「自分の意思を働かせて戻る」という意味が含まれています。そのため、自分を律して初心に戻ろうという気持ちが強く働かせた場合には「初心に帰る」のほうがふさわしいことになります。
でも、こうした微妙なニュアンスで使い分けるのはとても大変ですので、特にこだわりがなければ「返る」で覚えてしまって大丈夫だと思います。私自身は「帰る」のほうが好きですけれども、判断に迷うばあいはひらがなも選択肢に入れてみてくださいね。
「野生にかえる/野生にかえす」はどう書く?
では、「野生にかえる/野生にかえす」という場合はどうすればいいでしょうか。前掲した新聞表記の『記者ハンドブック』では、「野生に返る/野生に返す」を用例として挙げていますので「返す」にしてください。
「野生にかえす」というときには、なんとなく「帰す」にしたくなるかもしれませんが、「野生」というのは「場所」ではなく「状態」のことなので「返す」にするんですね。
・野生に返る
・野生に返す
一方、森から出てきたライオンを保護して、もう一度、「森にかえす」場合はどうかというと、「森」は状態ではなく「場所」のことですので「森に帰す」になります。
「帰る」の意味と使い方
「帰る」というのは、「もとの場所に戻る」ことで、こちらは「状態」ではなく、「ヒト」が移動して、もとの「場所」に戻る場合に用います。
・家に帰る。
・お客さんが帰る。
・ふるさとに帰る。
・里帰り出産をする。
・学校の帰りに立ち寄る。
・帰らぬ人となる。
・生きて帰ってきてください。
野球の走者がホームに「かえる」はひらがなにする
冒頭で述べたように、「還」には「カン」という読みしかありませんので、原則としては「還る」とは書けないんですね。もちろん、表記に自由度があるお立場の方は「還る」を用いて大丈夫ですが、その場合、できるだけ初出にルビやふりがなを添えるようにしてください。
(常用漢字表より)
環 |カン |還元,生還,返還
では、そもそも「還」というのはどういう意味なのかというと、「円を描いて戻る」という意味です。来た道をまた戻っていくのではなくて、一周して、また同じ場所に戻ってくるのが「還る」です。「環状線」がそのイメージでしょうか。
ですから、野球の走者が一塁・二塁・三塁と回って、またホームに戻ってくる場合には「還る」になります。でも、「還る」とは書けませんから、野球の場合には「かえる」とひらがなで表記することになっています。
ほかにも、すごろくで「あがり」になったり、世界一周旅行から戻ってきたり、マラソン選手が競技場を出発して、また競技場に戻ってきた場合も「還る」ですので、原則にのっとればひらがなの「かえる」になります。「還る」を用いるかどうかはご自身で判断なさってみてくださいね。
「土」にかえるはどう書けばいいのか
生きているものはいつか死んでしまいますが、死骸や枯れ葉は微生物によって分解され、土にかえります。この場合の「土にかえる」は循環して土に戻ることですので「還る」になります。
ただ、新聞表記などのマスコミ表記では、「モノ」の場合は「返」、「ヒト」の場合は「帰」で代用するように示していて、「土に返る」にするのが新聞表記の立場です。前述した新聞表記の用例集にもそのように示してありました。
・土に返る(新聞表記)
でも、「土に返る」は違和感がある方も多いのではないかと思います。その場合はひらがなで「土にかえる」にしてください。繰り返しになりますが、「還る」を用いたい場合には、できるだけ初出にルビや読みがなを添えて用いてくださいね。
※「土にかえる」や「土に還る」も可
まとめ
・「返る」はモノがもとの状態に戻ることです。
・「帰る」はヒトがもとの場所に戻ることです。
・「初心にかえる」「原点にかえる」は基本的に「返る」にします。
・「野生にかえる/野生にかえす」は「返る/返す」にします。
・野球の走者がホームに「かえる」はひらがなにします。
今回は、「かえる/返る/帰る/還る」の使い分けについてまとめてみました。最後まで読んでくださってありがとうございました。


