「三途の川」の由来/どうして「三つの途」なの? 死後の旅程からひもとく日本人の死生観

なりきり知識人

「三途の川」とはどんな川?

「三途の川」とは、あの世とこの世の間に流れる川のことですよね。知らない人がいないほど有名な川ですが、なかなか詳細がわかっていないのは、帰ってくる人がいないためでしょうか。

私自身も見たことも渡ったこともないのですが、どうして「三途の川」という名前になったのかが気になりましたので、今回は「三途の川」について調べたことをまとめてみたいと思います。

スポンサーリンク

死んだあとの旅程は?

人は、死んでしまうと死に装束に着替えさせてもらいますが、これは旅支度になります。旅に出ると、まず、「死出(しで)の山」という険しい山を登ります。

やっとの思いで山を通り過ぎると川辺に出ます。そこで子どもは「賽(さい)の河原」に集められ、大人は「三途の川」へと進んでいきます。

死出の山 →(賽の河原) → 三途の川

川のわたり方は人それぞれです。生前に善い行いをした人は立派な橋を通ることができます。普通の人は浅瀬を歩いてわたります。悪いことをした人は竜がいる急流を泳いでわたらなければなりません。

ただ、船賃として六文銭を渡せば舟に乗ることもできるようです。そのため、棺おけや骨つぼにお金を入れる風習があったりしますよね。ちなみに六文とは200円ぐらいのようです。

①橋(善人のルート)
名称:有橋渡(うきょうと)
対象:生前に善いことをした立派な人
内容:金・銀・七宝が作られた豪華で安全な橋を悠々と渡る。

②浅瀬(罪が軽い人のルート)
名前:山水瀬(さんすいせ)
対象:罪がそれほど重くない普通の人
内容:膝の下くらいの深さの浅瀬を自力で歩いてわたる。

③激流(重罪人のルート)
名前:江深淵(こうしんえん)※強深瀬(ごうしんぜ)とも
対象:生前に悪いことをした人
内容:波は高く、中には毒蛇や龍が潜んでいる川の深い場所を泳いでわたる。

[補足]
「橋などを渡る」は「渡る」ですが、水の中を泳いだり歩いたりしていくことは「渉る」です。「渉る」は常用漢字外のため、本記事では橋を使う場合は「渡る」、水に入る場合は「わたる」と書き分けています。

どうして「三途の川」という名前なの?

三途の川の「三途」とは「3通り」という意味でもありますね。つまり、橋を渡るか、浅瀬をわたるか、泳いでわたるかの3通りだから「三途の川」というわけです。でも、この説は後世の俗説(民間信仰)で、直接の由来ではないそうです。

では、もともと「三途の川」とはどういう意味なのかというと、三途の川の向こうには、人々が最も行きたくない「地獄道/餓鬼道/畜生道」があって、そこに行くルートという意味で「三途の川」と呼ばれているんですね。

仏教において「途」は「責め苦を受ける場所」というニュアンスで使われます。そのため、「地獄道」は「火途(かず)」「餓鬼道」は「刀途(とうず)」、畜生道は「血途(けつず)」という別名があります。この3つの「途」が「三途」の意味だとされています。

火途(かず)=地獄道
刀途(とうず)=餓鬼道
血途(けつず)=畜生道

「六道」に至るなら「六途の川」じゃないの?

でも、死後に行くことになる「六道」には「天道」も「人間道」も「修羅道」もあったはずです。どうして「六途の川」ではないのでしょうか。

それは、「地獄道/餓鬼道/畜生道」は非常につらく厳しいことばかりであるのに対して、「天道/人間道/修羅道」は、苦しみもあるものの、まだ救いようがある世界なんですね。そのため、「悪いことをすると恐ろしい川を渡って三悪道へ行くことになりますよ」とう戒めの意味で、あえて3つにフォーカスしたという説が有力です。

[補足]「六道」については別の記事で解説していますので参照してください。

「三途の川」の向こうには何があるの?

「三途の川」を渡り終えると、そこには「奪衣婆(だつえば)」と「懸衣翁(けんえおう)」というおばあさんとおじいさんがいます。「奪衣婆」が来た者の衣を剥ぎ取って、「懸衣翁」が木の枝にその衣を掛けるんですね。そうすると、枝のしなり具合で罪の重さがわかってしまうのだそうです。

見た目は高齢者だからといってあなどってはなりません。逃げても必ず追いついて衣を剥ぎ取られてしまいます。そうやってだいたいの罪の重さの目星がついたら、いよいよ「閻魔(えんま)大王」たちによる「十王の裁き」を受けるというわけです。

スポンサーリンク

西洋にも「三途の川」はあるの?

「三途の川」という考え方は仏教の思想がもとになっているものの、仏教の教えそのものではなく、「三途の川」自体は日本オリジナルのネーミングです。中国では「奈河(ないか)」という川があるとされて、「奈河橋を渡る」という表現をするようです。

川を渡るというのは仏教独自のものなのかというと、なんとギリシャ神話にも「三途の川」のような川が出てくるんですね。

西洋の冥界では、現世と来世の間には5つの川があると考えられていて、入り口にあるのが「ステュクス川」です。おもしろいことに、この「ステュクス川」では、死者は船頭にコインを1枚支払って舟で渡るのだそうです。日本の「六文銭」とそっくりですよね。

最後の出口にあるのが「レテ川」です。死者がレテ川のほとりにたどり着くと川の水を飲むように促されます。そして、ひと口飲めば、生前の苦しみも憎しみも、愛した人の顔さえも、すべてが真っ白に消え去るんですね。

「忘れる」というのは残酷なことでもありますが、重すぎる過去を背負った魂にとっては「救済」ともなるのかもしれません。

このように、日本においては、どこまでも「業(ごう)」がつきまとうのに対し、西洋では「すべてを忘れて新しく生まれ変わりなさい」ということのようです。このあたりも文化の違いがありそうですね。

まとめ

もちろん、これらの話は架空のものですし、現在は迷信や言い伝えなど非科学的なものは敬遠される傾向にあるのかもしれません。

でも、私たちの祖先が何を信じ、何を大切にし、どうやって人生を生き抜こうとしたかを知ることは、決して無駄ではないように思います。「三途の川」の由来を知ることも先人の知恵や人生哲学をかいま見る一助になるのではないでしょうか。

今回は「三途の川」にまつわるエピソードをまとめてみました。最後まで読んでくださってありがとうございました!

タイトルとURLをコピーしました