「かまとと」とは?|「かまぼこはおととからできてるの?|時代を生き抜くネオテニー戦略

なりきり知識人

「かまとと」はかまぼこは魚からできているのか尋ねること

「えーっ! かまぼこって、おとと(お魚)からできているんですか? 知らなかった!」なあんて、本当は知っているのに、知識がないふりをして、うぶを装うことを、「かまぼこ」の「かま」と「とと」を組み合わせて「かまとと」といいます。

「とと」とは「魚」の幼児語ですから、わざと幼児語を使っているあたりが「あざとい」感じがするかもしれません。幼児語を使うことで、意図的に無垢で幼いことを演出しているんですね。

「かまとと」が生まれた時代背景

かつて、昭和の半ばまでは、教養をひけらかす女性は「かわいくない」、あるいは「生意気」だと敬遠される風潮がありました。男性の知識や経験を上回る女性は、往々にして「男性のプライドを傷つける存在」として攻撃対象になりがちだったようです。

そこで、「幼さ」を武器として、優位な立場(主に男性)から攻撃されないための戦略として「かまととぶる」ことを選択したんですね。それを揶揄(やゆ)したのが「かまとと」です。自己保身ばかりではなく、「男性のプライドを傷つけないための配慮」という処世術の側面もあったかもしれません。

幼さを装う「ネオテニー戦略」

幼い存在は無害で、庇護(ひご)の対象になりますから、敵意を持たれにくい側面を有しています。人間を含め、多くの動物が小さいうちはとてもかわいい風貌であるのもこのためです。

この利点を保持し続けるために、大人になってからも子供のような性質を保つ場合もあります。子供の性質を残しつつ性的に成熟することを、生物学的には【ネオテニー(幼形成熟)】といいます。

ネオテニー(幼形成熟)=子供の性質を残しつつ性的に成熟すること

ネオテニーの代表例は垂れ耳の犬です。本来は大人になれば立っていくはずの耳が、人間にかわいがられるというメリットを享受するために、垂れたままの耳で成犬になるという戦略をとっているんですね。

このネオテニー戦略は、私たち人間の精神的な側面にも深く影響しています。「かまとと」は、まさに「精神的な幼さ」を意図的に演出することで、敵意を持たれず、安全な生存空間を確保しようとする高度な知恵ともいえます。

急激に変化する社会と高齢者の若者化

現代の男女共生社会においては、「かまとと」は姿を消したようにも思われますが、決してそうではなく、日本の「KAWAII(カワイイ)」文化に今も色濃く残っています。これもある意味では、現代社会における緊張緩和のための「ネオテニー戦略」だと考えられます。

「カワイイ」は人をなごませ、殺伐とした空気感をやわらげ、心地よい環境を提供することに寄与しています。「知ったかぶり」や「マウントを取る」ことが人間関係を悪化させるのに対し、むしろ「知らないふり」は相手に話す機会を与え、優越感を提供し、関係を円滑にするという側面もあります。

あるいは、頑固な考えに固執せず、いつまでも成長途中であるような若々しい考えを持つことは、変化の著しい社会に対応していくためにも断然有利です。現代の高齢者が「ネオテニー戦略」をとって、PCを操りAIに親しむ人たちであふれているのもこのためかもしれません。

「大智(だいち)は愚(ぐ)の如し(=本当に賢い人は知識をひけらかさないので、かえって愚か者に見える)」ともいいますが、生存戦略としてだけでなく、豊かに生きるための知恵として、「無知の装い」は今後も形を変えて残り続けていくことでしょう。

タイトルとURLをコピーしました