はじめに:幼児の「音位転換」はかわいいけれど・・・
言葉を覚えたての幼児は、よく発音を間違えますよね。『となりのトトロ』のメイちゃんは「とうもろこし」を「とうもころし」といいますし、『スパイファミリー』のアーニャは「おはやいます」を使います。幼児ならではの発音はなんともかわいらしくてほほえましいものですね。
これは「音位転換」といって、自分では正しく発音しているつもりが、正確には再現できていないために起こります。子どもの相手をする大人の側の対処としては、否定せずに「そうだね。“とうもろこし”だね」というように正しい発音を復唱することが正確な言語習得の早道なのだそうですよ。
でも、大人になっても音位転換が起こることがありますよね。そのひとつが「ふ・い・ん・き」です。ネタとして楽しむならいいのですが、もしも本当にそう覚えてしまったのなら、できるだけ早い段階で「ふ・ん・い・き」とインプットしたほうがいいかもしれません。「雰・囲・気」と漢字を分解してみれば、どう読むかは一目瞭然ですね。
実は「雰囲気」は科学用語だった(宇田川榕菴の功績)
「雰囲気」とは「その場にいる人たちが醸し出している気分や気配」のことですが、もともとは「地球を取り巻く気体」を表す科学用語で、19世紀前半の蘭学書に出てくるのだそうです。
この「雰囲気」という訳語を考案したのは、江戸時代の蘭学者・宇田川榕菴(うだがわ ようあん)という人なのだそうです。彼は、ほかにも「酸素」「水素」「細胞」といった、それまで日本語として存在していなかった科学用語の生みの親です。
その後、明治時代になると、「雰囲気」は英語の「atmosphere」の訳語になり、現在の意味の「場の気分」という意味が定着したのは明治後期になってからでした。
「雰・囲・気」を分解すれば「空気を取り囲む」という意味になる
このように「雰囲気」は、「地球を取り巻く気体」でしたが、だんだんに「その場の空気や気配」というように意味が変わっていきました。
ここで念のためそれぞれの漢字の意味を確かめてみましょう。
・「雰」は「あめ」に「分ける」で「もやもやと分散する水蒸気」のことです。
・「囲」は「周りをぐるりと取り囲むこと」です。
・「気」は「いっぱいに立ちこめるもの」のことです。
この3つを組み合わせて、地球を取り巻く気体を表現したのが「雰囲気」でした。その後、一般的な気体のことは「空気」や「大気」と呼ぶのが主流になり、「雰囲気」は「場の空気や気配」という意味に限定して用いられるようになりました。
「雰」はれっきとした常用漢字ですので、漢字で「雰囲気」と書くのが正解です。「雰」を用いる語はほかに見当たりませんので、まるで「雰囲気」のための専用漢字であるかのようです。
なぜ大人でも「ふいんき」と言ってしまうのか?(言いやすさの罠)
「ふんいき」ではなく「ふ・い・ん・き」だと思っている人は意外に多いようですが、もしかすると子どもの頃に耳で聴いて覚え、漢字を習う前に「ふいんき」と刷り込まれてしまったためかもしれません。
しかも、最近は「文字変換ソフト+AI」が優秀になって、「ふいんき」と書いても、文脈から「雰囲気」の意図だと判断して自動で置き換えてくれたりしますよね。これはとても便利でありがたいことですが、学習の機会が失われている側面もあるように思います。
大学入試や採用試験で課される小論文は手書きですからAIは校正してくれません。もしも小論文で「ふいんき」と書いたなら、「最低限の日本語リテラシーがないのではないか」と疑われてしまいかねませんので、ネタとして使うのは問題ないとしても、それが習慣になってしまわないように注意したいところです。
音位転換が定着した例はあるの?
ただ、このまま「ふいんき」が優勢になれば、「雰囲気」と書いて「ふいんき」と読むようになる可能性もゼロではありません。
「ふんいき」と「ふいんき」のどっちが言いやすいかというと、実は「ふいんき」なんですね。「んい」よりも「いん」のほうが口の動きとして負担が少ないためです。それでついつい「ふいんき」になってしまうというわけです。
例えば、「さざんか」は「山茶花」と書きますから、本当は「さ・ん・ざ・か」と読むべきなんですが、音位転換によって「さ・ざ・ん・か」になり、それが定着しました。「さんざか」よりも「さざんか」のほうが言いやすいことが原因です。
「秋葉原」も、そもそも「あきば・はら」だったものが「あき・はばら」に音位転換が起こった例として有名ですよね。
ほかには、「シチュエーション」を「×シュチエーション」と言ってしまったり、「コミュニケーション」を「×コミニュケーション」と言ってしまったりと、どうしても言いやすいほうに引っ張られてしまいます。
ですから、発音自体は「ふいんき」になってもしかたのない面はありますが、できればこれからも「ふんいき」が正当な読み方として守られ続けていってほしいと思います。とはいえ、言葉は変わっていくのが常ですから、「ふいんき」にその座を明け渡すのかどうなのか、今後、注意深く動向を見守りたいと思います。
まとめ
今回は「雰囲気」についてまとめてみました。「雰囲気」は江戸時代の蘭学者が目に見えない「大気の層」を表現するために知恵を絞って生み出した言葉だったんですね。
たとえ発音が「ふいんき」と崩れたとしても、その漢字に込められた「気体(気配)が周りを取り囲む」という本来の意味を知っていれば、私たちはもっと丁寧にその場の「空気」を扱えるようになるかもしれません。
最後まで読んでくださってありがとうございました!

