『蛍火の杜へ』の感想/大人が必ず泣けるアニメはやっぱこれでしょう!

日本を知る日本のアニメ

これは恋愛アニメではなく、むしろサプリです

私は、少女漫画によくあるような恋愛ものが少し苦手で、『蛍火の杜へ』も最初は少し警戒してしまっていたのですが、そのことを激しく後悔しました。もっと早く見ればよかった。本当にいい作品で涙が止まりません。これはラブストーリーではありませんでした。傷ついた自分を呼び出して、ハーブティーを飲ませて、背中をトントンと優しくたたいてくれるような作品でした。

お母さんに抱きしめてほしかった。お父さんと手をつなぎたかった。きょうだいの中で自分だけがかまってもらえなかった。好きな人にまるで相手にされなかった。先生はいつも私に冷たかった。夫(または妻)と心を通わせることができなかった。そんな自分をどうにか心の中に押し込んで、もう過去のことと忘れたふりをして、なんとか今を生きている人がいたなら、ぜひ、この作品をご覧になっていただきたいと思います。固く握ったままのこぶしを手に取って、指の一本一本をゆっくり広げてくれるような、そんな作品です。

失うことでしか手に入らないものもある

『蛍火の杜へ』の主人公は「蛍」という女の子です。6歳のとき、おじいちゃんの家に遊びに来ていた蛍は森の中で迷子になってしまいます。そのときにギンという謎の少年が現れて助けてくれたのをきっかけに、毎年、夏休みに蛍はギンのすむ森を訪ねて交流を深めていくというストーリーです。

ギンはいつもキツネのお面をかぶっていて、どうやら普通の人間ではなさそうです。そうなんです。ギンは人間に触れると消えてしまうという危うい存在なんです。そのことを物語の冒頭で知ると、誰もが「最後はギンが蛍に触れて悲しい別れになるんだろうな」と予想するだろうと思いますし、それは本当にそのとおりになりますが、思っていたのとは全く別の展開で、本当に感動的なラストです。

唐突に別れの日はやってきます。その日はまさに最高に感動的で最高に悲しい日でした。このことは私たちに、失うことでしか手に入らないものもあると教えてくれているような気がします。

ギンの狐のお面のこと

ギンは山神の森に捨てられた人間の赤ん坊でしたが、山神がかわいそうに思って術をかけて助けてくれました。でも、その術のために人間には触れられない体になってしまったんですね。ギンが身に着けている狐のお面は「人でも妖怪でもない自分」を象徴するもので、このお面は彼のアイデンティティの一部となっています。

ギンのお面はこんな感じでしょうか。私たちも、本当の自分ではない自分を演じなければならないことがありますが、不安で心が折れそうな日も、お面をかぶっているとイメージすれば、なんだかうまくいくように思えてきませんか?

たくさん泣くと元気になれます

この作品は『夏目友人帳』の作者の緑川ゆきさんの作品です。どうりで世界観が似ていると思いました。『夏目友人帳』も『蛍火の杜へ』も妖怪と人間の交流を描いていますが、そこには、異質なものたちへの温かいまなざしがあります。そして、そのことは、自分は社会から異質なものとして見られているのではないかと恐れる私たち自身を勇気づけるものにもなっています。

感情が揺さぶられて流れる涙の中にはストレス物質が多く含まれているそうです。つまり、涙が体の中の毒素を外に出してくれているんですね。だからたくさん泣くと元気になれるというわけです。でも、泣けるアニメではありますが、泣かせるアニメではありません。そうした作為的なものが感じられないからこそ、みんなの心の中にすーっとしみわたっていくのではないかと感じました。

年を重ねるとごにだんだん泣きたくても泣けなくなってきている気がしますが、またあしたから頑張ろうと思ったら、ときどきこの作品を見て力をもらおうと思います。

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