二者択一は「ジレンマ」? 三者二択なら「トリレンマ」?

なりきり知識人

「ジレンマ」の意味のおさらい

「ジレンマ」は多くの人が日常の中で使っている用語ですが、たまに異なった意味で用いられることもありますので、ここで念のためおさらいしておくことにします。

「ジレンマ」とは「2つの事柄の板挟みになって考えあぐねている状態」のことですが、パスタとカレーのどっちにしようか迷っているのはジレンマではありません。片方を選ぶと、選ばなかったほうに不都合が生じてしまうので悩んでいるのがジレンマなんですね。勉強と部活動の両立や、仕事と家庭の両立に悩むといった場合です。

しかし、本来の意味の「ジレンマ」とはもっと深刻で、「どっちもよくない結果になるのに、それでもどちらかを選ばなければならない状態」のことで、これを「両刀論法」というのだそうです。『大辞林』の例がおもしろいので使わせていただくと、「前に進めばトラが出て、後ろに退けばオオカミが出る。でも、どうしても前か後ろに進むしかない。どちらでも悪い結果になるとわかっていて、それでもどちらかにしなければいけない」、これがジレンマに陥っている状態です。

このように、「どちらも選びたいけれども、どちらかしか選べない」のも、「どちらも選びたくないけれども、どちかを選ばなければならない」のも、選ぶことで何らかの深刻な不都合が生じる場合が「ジレンマ」で、それが二者択一などとは異なるところです。

「囚人のジレンマ」とはどんなジレンマ?

「ジレンマ」というと、すぐに思い浮かぶのが「囚人のジレンマ」です。「囚人のジレンマ」は数学の「ゲーム理論」の考え方のひとつで、聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。「ゲーム理論」というのは、平たくいえば、ゲームをするときに、チーム全体で最も高い得点を獲得して、失点はなるべく少なくするためにはどういうルールにすればいいかを理論的に考えるものなんですね。

2人の囚人がそれぞれ別の部屋で尋問されています。片方が自白して片方が黙秘すれば、自白したほうは釈放され、黙秘したほうは10年の懲役になります。両方が黙秘すればそれぞれ1年の懲役です。両方が自白するとどちらも5年の懲役になります。
  Aの刑(年) Bの刑(年) 全体の刑(年)
Aのみ自白   0   10    10
Bのみ自白  10   0   10
両方とも黙秘   1   1    2
両方とも自白   5   5   10

客観的に考えれば、両方が黙秘すれば最も刑が軽いのですから、どちらも黙っていればいいわけですよね。でも、自分が黙秘しても相手が自白してしまったら、自分だけ10年も刑に服さなければならないなんて理不尽です。自分が自白して、もし相手が黙秘してくれたら自分は釈放、相手も自白したら折半して刑期は5年ですから、やっぱり自白したくなる気持ちもわかります。

このことは、お互いの信頼関係がないと最も大きい利益は得られないし、自分勝手な行動は相手に大きな損失を与え、自分自身の損失にもつながるということを示しています。

社会生活に置き換えてみれば、自分だけならいいだろうと分別しないでごみを捨てていたら、注意書きとともにごみ置き場が撤去されて遠くまでごみを出しにいかなければならなくなったとか、ごみ処理の費用がかさんでごみ袋の値段が上がってしまったとか、そういうことですよね。社会の中で最大の幸福を得たいのであれば、少しの負担(「囚人のジレンマ」なら1年服役する)がどうしたって必要だという意味で、覚えておきたいワードです。

なるほど。興味深いね。自分勝手は自分のためにならないんだね。

「ヤマアラシジレンマ」とはどんなジレンマ?

「ジレンマ」というと「ヤマアラシジレンマ」というものもありますね。人間関係というのはやっかいで、親密な関係を築くことが難しいことを「ヤマアラシジレンマ」といいます。これは、アメリカの精神分析医「ベラック」が名付けたものですが、ベラックは次のようなお話を引用しています。

2匹のヤマアラシがいました。冬の寒い日に互いに身を寄せ合ってあたたまろうとしました。ところがヤマアラシにはトゲがありますから、近づくとお互いを傷つけてしまいます。痛いので離れると今度は寒さに耐えられません。こうやって近づいたり離れたりを繰り返しながら、やがて傷つけはしないけれども少しはあたたかい距離に落ち着きました。

よく、人間関係において「ちょうどいい距離感」などと使いますが、ヤマアラシジレンマを私たちは実体験として味わってきています。その距離というのは、配慮とか思いやりということなのかもしれません。

近づきすぎは禁物ね。少し離れていてもあったかい関係ならいいのにね。

3つに2つを選ぶのは「トリレンマ」?

「ジレンマ」は、2つのうちどちらかを選ぶことで生じるものでしたが、「3つから2つを選ぶ際の葛藤のことを「トリレンマ」と呼んだりしますよね。でも、正確には少し違っていて、「3つ同時には成立しない」ことが「トリレンマ」なんです。

たとえば、来月の1日・2日・3日は会社がお休みになったので、AさんとBさんとCさんの3人で遊びに行こうと話し合いました。Aさんは1日か2日なら都合がよくて、Bさんは2日か3日なら大丈夫で、Cさんは1日か3日なら出かけられます。でも、そうすると、どの日であっても誰かが都合が悪くて、3人がそろうことはできません。ごくごく簡単にいうと、これがトリレンマです。

   1日   2日   3日 
Aさん   ○   ○   ×
Bさん   ×   ○   ○
Cさん   ○    ×   ○

「トリレンマ」を用いたものに、「金融のトリレンマ」というものがあって、「為替相場の安定、金融政策の独立性、自由な資本移動は同時には成立しない」としていますし、「エネルギーのトリレンマ」として、「エネルギー安全保障の確保、エネルギーへの公平なアクセス、持続可能な地球環境の実現は同時に成立しない」としています。

その中身については説明できそうにありませんが、ぜひ、使える語彙の中に「トリレンマ」も加えてみてくださいね。

世の中が複雑化しているから、「トリレンマ」ってこれからの時代のキーワードになりそう。